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まずは今日、教科書で読んだ“狼と七匹の子ヤギ”のお話からだ。
森の中をてくてく、てくてくと進んでいく。まさに、物語がクライマックス、狼がぶくぶくと川に沈んでいってしまうところだった。
私は森の動物たちに言った。
「大変!狼さんが溺れちゃう。助けなきゃ!」
「は?なんで?」
すると、すぐ近くにいたウサギさんが呆れた声で言う。
「あの狼は、俺達を苦しめて来た悪い奴だぜ。あんな奴、いなくなった方がいいに決まってる。なんて助けなきゃいけないんだ」
「じゃあ、狼さんを見殺しにするの?」
「あいつが勝手に溺れただけだ。俺らは何も見なかった知らなかった、それだけだ」
「助けられる命を見捨てるのは殺したことにならないの?」
「助ける価値がないんだからならないね」
「じゃあ」
私は他の、子ヤギたちや、馬たちや、羊たちの群れを見回して言うのだ。ちっぽけな私一人では、どうあがいても狼を助けてあげることなどできない。諦めるしかないのなら、せめて。
「じゃあそれが、貴方達が狼を消す理由?彼に助ける価値がないから?助ける価値とは、誰が決めるの?」
一瞬、動物たちは沈黙した。空気を読まない質問をしているのはわかっている。物語を平和に終わらせたいなら、私は投げ込まれた小石のような異物で、邪魔でしかないものなのだろう。
絵本の中で私はひっかきまわした物語は、絵本から出れば元に戻る。それが分かっていたからこその言葉だった。
「しつこいわね、あんた」
低い声でそう告げたのは、子ヤギのお母さんだった。
「あいつはあたしの可愛い子供たちを食べたのよ!あたしにはあの子達を助ける権利があったわ!」
「うん、それはあったと思う。でも、お腹を切って子ヤギたちを助けたら、そのあと石を詰める必要はなかったと思うの。お腹を切られて縫われたら、それだけですごく痛いよ。狼さんも、もう悪さはできなかったと思う」
「怪我が治ったらまたするに決まってるわ!だったらもう二度と子ヤギたちに悪さをしないように、死んで貰った方がいいじゃないの」
「追い出したら、子ヤギたちは安全だよ。それではいけなかったの?それに、どうしても殺したいなら、寝ている間に首を斬るとか、頭を潰すとかでも良かったよね」
山羊の母親が、子ヤギたちを助けたところまでは正義だったかもしれない。
でもそのあとは?何故石を詰める必要があったのか、納得できる説明をしてくれる人は誰もいない。
どう好意的に解釈しても思うのは――狼を拷問して、苦しめて殺したかったから、でしかないのだ。
「みんなの物語は、私の世界では、子供達に聞かせるお話になってるの」
悪人ならば、拷問して殺してもいいのか。
それを是としないのであれば、どうか別の答えが欲しい。
「だから、子供達に教えてもいい答えを。もう一度、訊くね。みんなが狼を殺した理由は?」
私の問に、周囲から非難が殺到した。余計なことを言うな、何も知らないくせに、狼は悪いやつだったから当然だ、そんな声ばかり。
何をもって悪とするのか、拷問してよい理由は何なのか、それを教えてくれる動物は一匹もいない。
やがて、鹿の一頭がぽつりと呟いたのだった。
「お前が余計なこと言わなきゃ、すっきりハッピーエンドだったのに」
ああ、と私は呻くしかなかったのである。
きっと、余計な疑問を持たなければ、この物語を笑って終わらせられていた。それは間違いないだろう、と。
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