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心の震えること
サキとカズオは初めてのバレエ鑑賞に行った。
たまたま入ってきたチラシに割引チケットがついていたのだ。
サキは産まれた所が田舎過ぎてバレエなど見る事も習う事も叶わなかった。
でも、本当だったら身体は柔らかかったし、習って見たかった。
大人になってしまった今は、せめてバレエ鑑賞くらいはしてみたいと思っていたが、今回おばあさんになってからようやくその機会がやってきた。
カズオはサキがとてもいきたかったことが解ったのか、ネットで予約をしてくれた。
バレエの会場も初めて。見るためのマナーがあるのかないのか。海外では結構ドレスアップしていくみたいだけれど、日本では普通の恰好で行ってもいいらしい。
緊張して見に行ったけれど、席について、生演奏の音が聞こえてくると、それだけでももう、心が震えた。
生演奏のオケなんてそれ自体が学生時代以来だ。
やがて、演目のドン・キホーテが始まった。
いかにもバレエらしいバレエではないけれど、見どころ満載の華やかなバレエだ。
細やかな足さばき、恐ろしいほどに柔らかいプリマの背中。
姿勢の美しさ、見た目からは想像できない程の筋肉質の足。
もっと静かに見る物かと思っていたけれど、決めポーズの度にわき起こる拍手と歓声。
そのすべてを楽しんであっという間に舞台は終わってしまった。
もう、緊張よりは興奮の方が上になって、来る前よりもワクワクしながら帰宅した。
サキは、もちろん、バレエにも心が震えたが、この一連のバレエ鑑賞の中で一番震えたのは、カズオがさりげなく、ネットでチケットを取ってくれたと聞いたあの時だったなぁ。と、思った。
これからもカズオのこういう優しさに心震わせながら生きていくのだ。
毎日の生活の中にもこういった感情を湧きあがらせることができるのだ。
サキは平凡な中の美しい時間を見つけられる年になったのだ。
この平凡と言う美しい日々を楽しむために、ここまで年を取ってきたのだなぁ。としみじみと思った。
【了】
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