神楽の舞

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「さあ、愚かな欲に溺れた者ども! 求めていた神だ、存分にじゃれ合うがよいわ!」  蜘蛛の子を散らすように、一斉に皆逃げ出した。龍の怒りは収まらない。 「龍よ、まずはこの老いぼれを消してくれ。息子夫婦を殺され、憎しみにとらわれた。そして孫まで利用した愚か者だ」  師は優しく微笑むと丙の頭を再び撫でる。 「(さかずき)家はわかるな」 「はい……お隣の村の、とてもご立派な……」 「同じく神の血を引く一族よ。お前のことは文を送り頼んでおいた、明日迎えが来る」 「私も!」  同じ一族だ、ともに消える運命。それなら師匠とともに、と泣きながらそう訴えしがみつく。姉が死んで、ひとりぼっちだ。自分もいつか師から舞を教わると、楽しみにしていたのに。師のことも大好きなのだ。 「お前はまだ六つ。七つまでは、子供は神のものなのだ。殺されはしない」 「そんな!? 私だけ嫌です!」 「なあ、丙よ。心を消すのなら、庚はお前と接するべきではなかったと思わんかね」 「え……」  言われてみればそうだ。未練は心を消す邪魔となる。妹を大切に思うのなら、突き放してでも遠くにおくべきだった。姉はいつも笑顔で話しかけてくれた。邪険にされたことは一度もない。 「限りある生を、自分の思うように生きた。絶対に心残りを作らないと、強い意志があった。何故できた? それはお前を一族の犠牲にさせんという思いがあったから。己の為した成果として、普通の娘として生きてくれることを心から願ったからだ。心をお前に託せるからこそ、心を消すことができたのだ」  失敗していたら、己だけが死んで一族はまたのうのうと生きていた。そうならなかったのは、心のよりどころがあったからこそ。普通は逆だ、よりどころがあれば絶対に失敗するのに。それをすべて貫き通した。姉の、庚の意志の強さは誰にも敵わない。 『丙との、別れは済んだのか』 『はい。お守りとともに、私の心を預かってもらいました。私の心をもっていってくれるのなら、もう何も怖くありません。大切にすると言ってくれました、涙も流せました。じゅうぶんです』 『そうか。すまぬなあ』 『選んだのは私です。あの子に辛い思いをさせてしまうとしても、決めたのは私なのです師匠。いいえ、おじい様』 「でも、それでは。私は、どう生きればよいのですか。姉さまもいない、一人で……姉さまたちの死を悲しみながら……」 「そうさなあ。こんな愚かな一族が他にもできないように、盃家の者と手を取り合ってくれ。あそこの当主は出来た男でな。儂の弟だから当然だな。……もう、こんなくだらんことで悲しむ者が出ないように生きてくれな」  ふふ、と。優しく笑い。丙を、トンと突き飛ばした。  ドゴオオオオオ!  目の前に落ちた雷に、師は跡形もなく消えていた。 「あ、ああああ、うああああああああ!」  丙の泣き叫ぶ声と共に、龍は動き始める。あちこちに落雷がおこり、悲鳴があがる。火事が起きて家が、田畑が燃える。すべてを焼き尽くす。幼子の泣き叫ぶ声をかき消すほどに、雷鳴が響き渡る。  この日、一つの村が消えた。
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