神楽の舞

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 まるで葬式のように全員が黒衣に身を包んでいる。和楽器を持つ者たちは全員黒子のように顔を布で覆っており、その表情は伺い知ることができない。  月のない新月の夜に執り行われる神事。神楽家が代々守ってきたもの。 (怖い)  (ひのえ)は今回初めて参加する。仰せつかったのは姉の着替えの手伝いのみ。姉は自分で全て着ることができたので、せいぜい後ろの紐を結んだくらいだ。それもきっと自分でできたのだろうが、役割である丙にあえてやらせたらしい。  いつも穏やかに笑って優しい姉だが、面をつけた姉はまるで別人のようだ。なんだかとても恐ろしいものに思えた。 「ね……」  次の瞬間、肩を力強く掴まれる。後ろにいた使用人の女が真剣な顔で首を振った。鏡の間で、演者に話しかけてはならない。  能。舞を受け継いできた神楽家。その中で十二年に一度、新月の夜に神事が執り行われる。それが一体何なのか、口にして良いのは家の中のみ。間違っても一族以外の人間の前や外でそれを口にしてはならない。決して表沙汰にしてはいけない、闇の中に隠された取り行い。  本来であれば能を舞うのは男子、長男である。しかし直系の第一子が女、そして丙も女。何度も話し合いが行われた結果、そのまま第一子が舞うことになった。  反対意見はあったが、能の師である男が「このままでは能が途絶える」と言い。最終的に長老の一言で執り行われることとなった。  そもそもそのために姉の(かのえ)は幼い頃から自由の時間などほぼなくずっと舞の練習をしてきた。疲れ果てている中でお茶を持っていけば「ありがとう」と笑っていたが。いつも汗だくで、しかし目には強い意思がこもった鋭い目つきだった。  姉が嫌々やっているわけではないのなら応援しようと思っていたが。いざ当日を迎えると、姉の雰囲気そのものが別人のようでとても怖かった。  衣装も身にまとった、面もつけた。後は舞台に上がって音に合わせて舞うだけ。  両親はいない。丙が生まれたすぐ後に亡くなったと聞いている。なぜ亡くなったのかと聞いても二人とも病だと姉は曖昧に笑うだけ。違うのではないかと思い始めたのは最近だ。この神事の話を聞いて、直感的にそう思った。  失敗してはならない。失敗したら一体どうなるのさえ口にすることも許されない。 (父さまも母さまも、もしかしたらこれに失敗して死んじゃったんじゃないか)
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