神楽の舞

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 舞う、一心不乱に。あそこにいるのは、一生懸命練習していた丙の知っている姉ではない。一生懸命舞ってはいけない。心をなくし、己を無くし。ひたすらに、舞い続ける。何のために? 誰の為に?  ゴウ、と空が鳴った。暗闇なのでわからないが、わずかに雨のにおいがする。雨が降っているわけでもないのに、と思っているとやがて雷鳴が起こる。おお、と周囲の一族の者達がどよめいた。  新月で、灯は舞台の四隅に焚かれた松明のみ。空を見ることはできないが、「何か」が蠢いているのがわかる。 (なんだろう)  空に、何かがいるというのか。いや、いる。大昔から伝えられてきた神獣。龍、麒麟、鵺。代々伝わる大きな屏風に描かれた神獣たちだ。新年と、長の交代の時だけ飾られるという。丙が見たのは今年の新年のあいさつの時だけだ。初めて参加が許された。新年の挨拶は何故か神獣たちへ頭を下げる。屏風に向かって拝礼をするという異様な姿にわけがわからなかった。  思えばあの時。屏風を前にした庚は、人形のように無表情だった。まるで敬う気持ちなど微塵もないかのような、蔑んでいるかのような。  舞う、舞う、狂ったように。止まることなく。あんなに踊り続けたら息が続くわけない、倒れてしまうのではないかと思うくらいに激しく。  それを嬉々として見守る長、一族の者達。不気味だ、誰も庚の体の心配をしていない。  ダダン! ダン!  足拍子が鳴る。本来の能は足音をさせないが、裏能であるこの舞は足を踏み鳴らす。だが、丙は目を見開いた。   (え?)  今、舞の中で足の動きが違った。毎日練習を見てきたのだから、間違いない。絶対に動きが違う。 (間違えた? そんなはずない、姉さまに限って。では、わざとやったの? どうして)  ゴウ! ドガアアア!  とてつもない音とともに、落雷が起きた。 「ね、えさま?」  松明の灯が照らす舞台には、姉の姿はない。大きく砕けた石畳舞台があるだけだ。あそこに雷が落ちた? では、庚は……。 「姉さま!」 おおおおおおおおお!  丙の叫びをかき消したのは、そこにいた全員だった。庚が雷に打たれて消えてしまったのに、全員が歓喜に沸いている。 ――何故そんなに嬉しそうに喜んでいるの。おかしい、怖い。……そして、許せない。姉さまが死んだのを何故喜ぶ!? 「ついにやった! 交代だ!」 「ついに我が一族から龍がうまれたぞ! 雷鳴と共に現るは龍! 麒麟や鵺などではない! やったぞおおおお!」 姉さまの死を、全員が喜んでいる。 とても、人とは思えない姿だ。 なんて愚かな。なんて、醜い。なんて……。  ゴロゴロ、と雷が鳴る。おお、と喜んでいた者達もすぐにおかしいと気付いた。雷は、舞台のすぐ上でくすぶっている。灯を、と口々に叫び皆が松明を持つが。空には、龍の姿はない。
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