神楽の舞

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「おかしい、何故だ。金に輝く龍が顕現するはずではないのか」 「おい、そもそも龍誕生の瞬間を見た者は?」  しいん、と静まり返る。皆が戸惑いながらお互いの顔を見合わせる。 「ほっほっほ。ようやく気付いたかな、愚か者共」  笑ったのは、能の師。翁の面をとっても、まるで面のように不気味な笑顔を浮かべていた。 「なんだと!? どういうことだ!」 「心を消した者が神事の能を舞い、龍や麒麟へと変化(へんげ)する。しかし少しでも心が残っていると失敗してその場で命を落とす。消えたから、雷鳴がしたから成功したと思ったのかね?」  全員が刀を抜いて師を取り囲んだ。師は武器をもっていない。すぐに殺されてしまうだろう。しかし、気味が悪いほどに余裕な様子で微笑んでいる。 「雷にうたれたのなら、死んでしまったに決まっておろうが。庚はすべてを承知だったよ。父と母を奪った貴様らに、とどめをさすためにな」  神の血を引く一族は八つ。その中から、神獣を生み出せた一族は権力を得る。十二年毎の自然な世代交代ではなく、毎年意図的に儀式を何度も行い。無理やり世代交代を行おうとしてきた愚かな一族。  庚の父は、能を強制されて失敗し犠牲となった。幼い我が子を残して心を消すなどできるはずもない。母は、夫の罪を問われて罰せられ命を落とした。 「お師様! 姉さまは、死んでしまったの?」  男たちの足元を潜り抜けて丙は師に飛びついた。師は驚いた表情だ、まさか殺されそうなここに飛び込んできてしまうとは。 「あの子が望んだのだよ、丙。儂は悪い師匠だ。あの子に教えてしまったのも儂だ」 「なに、を?」 「父は愚か者たちに殺されてしまったようなものだと。母は文字通りこやつ等に殺された。だから、こんな事をもう二度と繰り返させない、とてつもなく愚かな方法を」  師は丙の頭を撫でる。その顔は、確かに慈愛に満ちていた。 「心を消して、同じ動きを三十三度繰り返す。三十四度目の舞が最後だ。最後の一節だけ足を逆の動きで踏み鳴らす。最後の最後で間違えるのは、神獣の怒りを買う」  だから雷と共に散ってしまったのだ。わざと間違えるのは心があるということ、悪意に他ならない。神に、悪意を向けたのだから怒りは当然だ。その言葉に男たちは青ざめる。神獣を怒らせたらどうなるか。 「はっはっは、もう二度と我が一族は龍を生み出せぬ! 神獣の頂点におわす龍は二度とな!」 「貴様ああああ!」 「ふふ、いいのかな? 年寄りに時間を使って。ほれ、神が怒り狂っておるわ。皆殺しにするまで、気がおさまらぬなあ!」  はっと全員空を見る。暗闇の中、煌々と光が差し込んできた朝日などではない、不自然なほどに金色に輝く空。  ゴオオオオオァァァアアアアアアアアア!!  黄金の、巨大な龍。目が真っ赤に光、体中に雷をまとい。耳が壊れてしまうのではないかという、轟音の咆哮。――怒り狂っている。
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