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「丙」
今日も丙には縁談の話が舞い込む。六つで盃家にやってきて、はじめは一言もしゃべらなかったが。八つになったら急にしゃべり出し、勉学をおさめ舞踊を極め。盃家の中にあった派閥さえまとめ上げてしまった。人の上に立つにふさわしい者となった。
美しい容姿に盃家の中でも権力がある、しかも神楽家の直系。必ず神の力が強い子を産んでくれる。他の一族からは喉から手が出るほど欲しい存在だ。今年十六、嫁入りには十分な年齢である。
「榊家の嫡男と付かず離れずをするものかだから、他所からの縁談がまた増えた。そろそろ榊に返事をしてくれ、乗り込んできそうだ」
「申し訳ありませぬ、お手数をおかけしまして」
本心を決して語らぬ少女。幼いころより育ててきた当主にさえ、最近はのらりくらりだ。
「悪い事を企んでおるな?」
「ええ。そのためにも、榊家は大いに利用させていただきましょう。婚姻はしますよ。もう少し尻に敷いてから」
ふふ、と扇子で口元を隠して微笑む。隠す時は、絶対に笑っていない時だ。兄からの文には「幸せにしてやってほしい」と書かれていたのに不甲斐ない。この子の、心の闇を照らしてやることはできなかったと痛感する。
「……お前には、幸せになってほしかったのだが」
「じゅうぶん、幸せでした。あなたの元で生きたことはまぎれもなく」
そう言って扇子を閉じて笑う顔は、久しぶりに見る穏やかな笑顔だ。姉の庚も美しかった、その面影が濃く映る。
「あなたの責ではございません。これは私の『心』の問題なのです。大切な人たちを奪われた悲しみ、恨み。忘れておりませぬ」
「……。年よりは無力よなあ。何もしてやれん」
愚かだったのは神楽家だ。しかし、姉を。師を消したのは神獣に他ならない。神の力を持つ一族など奢りがすぎるというものだ。神がいるから、特別な者がいるから不要な悲劇を自ら作り出す。それなら、最大の悲劇を作ろうではないか。
「時が来たら、舞います。完成させた私の舞を」
神を消す呪いの舞。神楽家最後の舞。神楽の舞を。
言葉には出さない、胸にしまい続けている。そんなことをすれば自分は無事ではないだろう。それでもいい、神の力を失ったすべての一族を取りまとめるのは盃に任せる。
榊と結ばれ、やがて産まれる我が子に後は託す。それこそ、己の生きる道だと。「神のもの」と定めらえた七歳を過ぎて八歳となったあの日決意した。
「必ずや、あなたを」
――消して差し上げます。憐れな神よ。
空を見上げ、丙は悲しそうに笑った。お守りを、そっと握りしめながら。
誰かは知らないが、かつて人だったものが龍となったのは間違いない。それなら、己は恨みを晴らし。彼の者を、哀れな運命から解き放とうではないか。人として。
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