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始まりは梅雨明け後の晴れ晴れとした土曜日だった。友達と遊んだ後、さてコンビニでアイスでも買おうかと一人で寄り道した際のこと。
入り口付近ですれ違ったのは、当時の僕からすれば紛れもなく高嶺の花であったその人。
「あ、糸山羽蘭さん……?」
僕は特に意味もなくそう呟くと、ショーケースに向かってまた歩き出した。
ガシッ。背後から肩を掴まれた。振り向くのを本能的に躊躇しながら、突然の出来事に思考が停止した。
この場合、僕を掴んできた奴のパターンは二種類だ。この世に存在しないものか、この世に存在するヤバイ奴か。僕は意を決して腕の先を目線で追った。
どうやら、第三の選択肢が用意されていたみたいで。僕を離さなかったのは、先程すれ違ったはずの羽蘭さんだった。
「あ、羽蘭さんこんにちは」
「呼んだな」
「え?」
「お前、私の名前を呼んだな」
マドンナ的存在のクラスメイト。そんな文字は脳内でガラガラと音を立てて崩れた。
普段の垂れ目からは想像出来ないような目力。肩を掴む握力。背の低さを感じさせないような威圧感は、寧ろこちらが見下されているように感じる。
「ええええはい、呼びましたね」
「そっか」
羽蘭さんは手招きをしてお菓子が並ぶ棚の奥に僕を呼ぶと、周囲を確認した。次に、そっと耳打ちした。
「私、名前呼ばれるの反吐が出るほど嫌いなの。プライベートでは容易く話し掛けないで」
悪夢だ。これは現実に少しだけ基づいたフィクションだ。そう言い聞かせるけれど、やけに涼しい店内に肌寒さを覚えてしまい、これは今実際に起きている出来事だと確信してしまった。
「羽蘭さんどうかしたの?」
「黙れ。でも丁度良い機会ね。そうだ、お前は――――――。これは強制的な約束だからヨロシク」
「……それは……別に……構わないけど」
僕は何故そこで「約束」を承諾したのか。今考えると謎でしかない。
羽蘭さんは出口へと歩き始めた。羽蘭さんは去り際に「このことを誰かに伝えたら、わかっているよね」と呟いたように思えた。
大袈裟かもしれないけれど、これが全ての始まりだった。
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