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のんびりとだが何日も馬を走らせ続けた。のんびりといってもピエールは、国で三本の指に入るほど足の速い馬なので、それなりには進んでいると思う。
しかしあまりのんびりしていると、王子フェンリルからの追っ手がやってくるかもしれない。もちろんそこに愛はなく、王宮の仕事を片付けてもらうため、ただそれだけのことだった。
聖女がいかに有能であっても、聖女の仕事と王子妃の仕事を同時に行うことは厳しいだろう。ましてや異世界から来て間もない。生きていくだけ、慣れるだけで精一杯かもしれない。
なるべく彼女に迷惑をかけたくないと思い、多くの仕事は片付けてきたし、数多くのマニュアルを作成して置いてはきたものの、あのアホ王子がマニュアルを読むとも思えない。せめて第一王女の手に渡ることを願うが、そういう機転がきく王子でもない。見た目だけは美しかったが。
「この辺りに町はありませんか」
走れど走れど山の中で、このままでは野宿になってしまうと思い、たまたま出会った男性二人に尋ねた。二人は町人のような服装で、キノコ狩りをしていた。
「あ、それは毒キノコですよ!」
この辺りに慣れている人なら毒キノコの見分けくらい簡単だと思うが、彼らは違った。ゼビーは首を傾げ不審に思う。
「そうなんですね!ありがとうございます。助かりました。実は普段は町の食堂で働いているのですが、おいしい食材探しでしばらく山小屋で生活しているんです。なのでまだキノコには疎くて……」
穏やかに答えてくれたのは、ゼビーより若そうな可愛らしい顔の青年だった。
「それを食べたら笑い死にます。よかったですよ、食べなくて。ところで町はどの辺りでしょうか」
「町はこの山を降りてから、さらに遠くです。明るいうちにはまずたどり着けないと思いますが、お急ぎですか」
「いえ、夜道を急ぐほどでは」
男性二人は顔を見合わせ、意思の確認をしているようだった。
「……では、よろしければ我が家に来ませんか。仮初めの山小屋ですけど。もちろん、私たちがいては心配でしょうから、外にテントを建てます。あなた様は鍵をかけて山小屋を利用して下さい」
丁寧に説明してくれたのは、もう一人の男性。こちらはゼビーより年上に見えたが、どちらかというと青年の付き人のような雰囲気だった。
二人を信じたわけではなかったが、何かあってもゼビーは腕に自信があった。幼いころから剣術を学び、そのまま成長して並大抵の男には負けたことがなかった。
ゼビーが国を出た目的、それは、自分のことを誰も知らない国で近衛騎士団に入ることだった。守られる側ではなく、命をかけて誰かを守りたい。その夢をようやく追いかけることができる。
「ではお言葉に甘えさせていただいて……」
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