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「泉」 声をかけると一瞬驚いた表情をしたがその後はいつも通りだった。 「こんなところで名前を呼ばれると困るんだけど」 そうだよな、俺はまだ既婚者だし泉に会社での俺のような思いをさせたくない。 「ごめん、少し話をしないか?これから食事とかどうだろう?」 泉は店内をちょっと見てから 「わかった。ただ、土曜日の午前10時に国道◯◯◯沿いのファミレスで。それまでこのスーパーにも来ないでほしいの。いつもレジで話しかけてくるところをチーフに見られて、あなた要注意人物扱いだから」 確かに今までの俺の行動は少し変だったかもしれない。 「ごめん、そうだよね。連絡先とか変わってないなら連絡していい?」 「そう言うのもやめてほしい」 そうだよな。 俺は既婚者なんだから証拠を残しちゃいけない。 実際、泉が俺と舞との関係を疑ったのもスマホでのやり取りだったし。 「じゃあ、家まで送って行くよ」 「自転車だから」 そう言うと泉は車高の低い変わった形の自転車に乗って行ってしまった。 土曜日にデートを取り付けることができたから、一週間は会えなくなるがその間に、転職先を見つけて同時に舞を追い出してしまえばいい。 散々な人生だったが、これからうまくいく。 思わず鼻歌を歌いながら車を運転して帰社すると真っ直ぐに上司の元に向かい退職の意を告げた。 「やっとですか。必要な手続きはこちらですすめますから、退職日までは有給を使ってもらって構いません。明日からこちらに出社する必要もないですし、引き継ぐこともないですから私物があるようでしたら本日中に持ち帰ってください」 なんとなくトゲがある言い方でイラッとする。 そもそもお前は俺が降格になったから課長になれたのに。 そんな文句を言っても仕方がないし、俺のキャリアなら再就職先なんか簡単にみつけられるだろう。 能ある鷹は爪を隠すとはそのまま俺の事なんだから。 デスクに戻り荷物を整理していると、まわりのやつらが遠巻きで見ているのも腹が立つ。 お疲れさまでしたくらいはいえないんだろうか。 まぁ、今日で終わりだし気分を切り替えてさっさと片づけると会社を後にした。 一週間でやることはたくさんある。 舞を追い出すのは母さんにやってもらって、離婚の手続きをしないといけないし結婚する時に預金がまったくない舞がホストに行っている時点で俺の金を使っていることになる。 ホストと不倫をしていなくても離婚の理由になるだろう。 意気揚々と帰宅して集合ポストから郵便物を取り出すと俺宛の親展と書かれた封筒が入っていた。 エレベーターにのりこんでから封を開けると消費者金融からの督促状だった。 消費者金融? どういうことだ? 慌てて部屋に行くと舞が髪を振り乱して怒鳴りながら玄関にやってきた。 「ちょっとばばぁが乗り込んできたんだけど」 「泉とよりを戻すから別れろとかわけわかんないんだけど」 「元妻と不倫してたわけ?」 「あたまおかしいでしょ」 「てか、なんでばばぁがでてくんのよ」 鬼の形相でまくしたてる舞をみながら、母さんにまかせたおれがバカだったと悟った。 まるでこっちが有責のように聞こえる。 「お前じゃないんだ泉が不倫なんかするわけないだろ」 立ちふさがる舞を押しのけてリビングに行くと、せっかく片づけた部屋が見るも無残な姿になっていた。 癇癪を起しては散らかすのは本当にやめてほしいというか、今はそれどころじゃない。 「なによ!不倫は一人じゃできないでしょ。そもそも結婚してんのに浮気してたのあんたじゃん。しかもまた不倫とかマジで信じらんない」 「泉とはたまたま見かけて声をかけただけで、お前の時のようにどこかに誘ったりホテルに行ったり(今は)してない」 週末にデートすることは絶対に悟られてはいけない。 「はぁ?土日に出勤とかって嘘でしょ。不倫バレして窓際に行ったあんたがなんで土日に出勤なのよ。仕事も信用もないくせに」 「誰のせいで俺が降格になったとおもってんだ」 「あんたの下半身のせいでしょ」 それを言われるとぐうの音もでないが、それよりも 「そんなことよりホストクラブに行く金を消費者金融から借りてるのか」 ホストクラブと消費者金融という言葉に舞の体がピクリと反応する。 「なにそれ」という言葉に力もなく目をそらす。 携帯からホストの男との写真や、督促状を見せるとソファに音を立てながら座りそっぽを向いた。 「説明は?金は?」 さっきまで荒ぶっていたくせに自分のことになるとふてくされたようになって何も言わない。 そんな姿も不倫中は可愛いと思ったが今は単に憎たらしく不細工に見える。 というか殴りつけたくなる。 「いい加減にしろ、ちゃんと説明しろよ。金をどうやって借りたんだ、いくら借りた?俺に黙って俺の名前で借りているんだから詐欺罪で警察に突き出すからな。夫婦であってもホストクラブに行く金を消費者金融で借りていたなら立派な犯罪だ」 「生活費がたりないから借りただけで・・・」 「何もしていないのにどこに生活費がかかる?渡していた金も生活費じゃなくてお小遣いにしていたろ。立派な犯罪だからな!お前の両親に話して離婚だ」 舞は急にしおらしく泣き始めるがそれどころじゃない。借金の全容を把握しないと。 仕事もやめてしまったし泉とよりをもどすとしても変な借金があったら困る。 というか、ホストクラブに使った金なら俺が返す必要もないはずだし。 「警察に突き出されたくないなら、借金の金額をきちんと話せ。それからホストクラブについてもだ」 「警察はやだ」 醜い泣き顔でごめんなさいと言い続ける舞を本当なら蹴り上げたいが、それじゃあ俺がDVだと言われかねない。 そこで、証拠を取らないといけないと思い付き、スマホで録画を始めた。 「カードも取り上げられて、欲しいものが買えなくなってあなたのマイナンバーカードを使ってお金を借りたけどそのお金を返すのに他の会社からお金を借りた。ばばぁからの追い込みがキツくて現実逃避に買い物してたけどそれも取り上げられて癒しの為にホストクラブに行った。だからばばぁのせいなんだけど」 「お前の言っていることで俺がそうだなって頷けるところが全くないんだが、それよりも2社から金をかりていたってことか?」 しばらくの沈黙の後「3社」と答えた。 嘘だろ? バカかと思っていたらとんだポンコツ女じゃないか。 「他にも督促が来てたのか、正直に答えろよじゃないと警察だからな」 「バレたら困るから隠してある」 溜息しか出ない。 とりあえず、三社分の督促状をテーブルに並べてから舞の実家に電話をして、元々の散財ぶりと勝手名前を使って金を借りたことその金でホストに行っていたことを説明して離婚をする伝えると「慰謝料は請求するな、そもそも既婚者でいい年したあんたが舞を好き勝手にしたのが悪いんだろ離婚は勝手にしろ」と言って話の途中で舞の父親は電話を切ってしまった。 舞はまたふてくされてベッドルームに引っ込んでいったが、泉と会うまでの一週間ですることが増えてしまった。
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