言えない

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 そんな私にとって、礼司との間に子どもができたのであれば、無条件に喜ぶべき話なのかもしれない。  何よりもお腹にいるのは私の赤ちゃんだ。既に授かった命だ。その重みを無視できるほど、無責任な人間にはなれなかった。  とはいえ、そう簡単に割り切れない問題もある。  一番の懸念は、私が無職だという事。  この無職というのも、ここ最近始まった話ではなかったりする。  礼司が卒業して一年後、後を追うようにして大学を卒業した私は、とある広告代理店に就職した。そして、三ヵ月で辞めた。たった三ヵ月と書くと短いように思えるかもしれないけれど、私にとってはこれまで生きてきた人生の中で一番辛く苦しい、地獄のような日々だった。  以後も幾つかの会社に勤めては辞め、を繰り返した。最初に務めた会社で植え付けられたトラウマはあまりにも深く、ちょっと叱られたり、注意されたりするだけで、心臓がバクバクいって眩暈を覚えるようになった。最初はなんとかなりそうだと思っても、ほんの些細なきっかけで、会社に行けなくなったりした。  心配した実家の両親の援助や、単発のアルバイトなどでなんとか食べていけるだけのお金はまかなっている。でも、大学を卒業してからも独り立ちした社会人とは言い難い状態をふらふらと続けているのが、私の現状なのだ。  いっそこのまま子どもを産んで、専業主婦に……というズルい考えも浮かばないわけではない。でもそれは、以降もずっと続く夫婦としての関係を考えた場合にはどうなのだろう。礼司の勤務先が大手企業とはいえ、今の東京で夫一人の稼ぎだけでやっていくのは大変だろう。遅かれ早かれ、子育てがある程度落ち着いた段階で、私も働きに出ざるを得なくなる。でも大学卒業後、ろくな職歴もないまま結婚して子育てだけしていたような女を雇ってくれる会社が、果たして見つかるだろうか。  考えれば考える程、不安が募る。不安しかない。  全部洗いざらい、礼司に相談してしまった方がいいんだろうか。きっとその方が楽になれる。礼司は全部受け止めてくれた上で、産めと言ってくれるはず。後の事なんて心配する必要ない。全部僕がなんとかする、と言うはず。  わかっているからこそ、どうしても礼司に言う気にはなれなかった。  彼の優しさに守られるほど、どんどん自分が駄目になっていくようで怖かった。
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