〜プロローグ〜 戦火の馬

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〜プロローグ〜 戦火の馬

       * 昔から彼は、同じ夢を見ている。 いつ見るのか、 どんな時に見るのか。 降りてくる条件は分からない。 だがその夢は いつも同じところから始まり いつも同じところで終わる。 終わる時は彼が目を覚ます時だ。 夢と離れ、現実に戻る時 彼はいつも、胸をかきむしるような 頭の中が苦しくなるような思いで まぶたを開ける。 『覚めたくない、あと少し』 そう思いながら、 世界から彼だけが引き剥がされる。 見慣れた天井と 締め損なったカーテンの隙間から 朝の陽が差している。 夢の中とは違い 部屋は深い静寂に包まれていることに 昨夜、都心でも降り出した雪が ある程度の積雪をなしたことを 起きたばかりの彼に想像させた。 また、まただ。 同じところで目が覚めることに 彼は何度、溜息を付いただろうか。 一人暮らしの寝室は 物音一つしない。 その静けさに いつもは起きた途端 急スピードで遠ざかるはずの夢が 妙に浮き彫りになった。 その夢は、 馬に乗っている男が 敵襲の戦火から逃れる夢だった。 甲冑を身に纏った人物は 自らが乗り、操る馬に 何度も大きな声で叫ぶ。 それが自分なのか、分からない。 甲冑姿の人物のより近くに 今の自分がいるような感覚もある。 いつも思念が混濁していて 判別は定かではない。 背後に迫る戦火、 そこから放たれた追手の気配。 それらを振り切るように駆けていく 漆黒の毛色の馬は 真夜中と同じ輪郭の駆体を 流星のような速度で進ませる。 人物の声を聞いているのか、否か。 『良いか、儂は必ずお前を見つける。お前も必ず儂を見つけよ』 約束だ。 儂、と名乗る声は若く通った声で 燃え上がる戦火にあっても 馬の耳に届いていた。
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