はみだしの章

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はみだしの章

「失礼しまーす。  ママー。うまそうなお菓子が売ってたから、買ってみたんだけどー……。  って、あれ?」  ママ――マヤカの部屋には誰もおらず、トウヤの声がむなしく響いた。 「なんだ、いないのか……」  マヤカの生活は、自由気まま。  突然フラッと出かけたり、トウヤを呼びつけたり、地下室の様子を見にいったりするなど、その行動はおそらく、マヤカ本人にも読めない。 (まぁこの時間だと、一番ありえるのは……。  姉ちゃんに、ちょっかい出してる可能性かな)  トウヤの頭の中で、マヤカが地下研究室の重いドア越しに、姉ーーコウヤに話しかける映像が再生される。ちなみに、コウヤはガン無視だ。 「姉ちゃん、いま何やってるのかな……」  トウヤは、期待をこめた声で、しかし少し寂しげにつぶやいた。 「こんなの作ってたよ」  急に声がして、ビクつくトウヤ。  カーテン越しに、ガタガタ音がする。マヤカは、地下から直接自席に戻ったようだ。 「ママおかえり。  こんなの……って、どんなの?」  シルエットすらうつらない、ぶ厚いカーテンに(へだ)たれているときに、指示語を使われてもわからない。 「ほいやっさ」  咄嗟(とっさ)に両手を構えるトウヤ。  「さ」が発音されたときには、トウヤの手の中に、飲み物の小瓶(こびん)があった。マヤカが、カーテンの隙間から投げたのだった。 「何これ?」 「これを飲んだ人は、一時的ではあるけれど、ある能力を身につけられる。  その能力は、“周りの物体に、意思を持たせることができる”というもの……、だってさ」 「へえー!」  トウヤは、興味津々に、姉の発明品をながめる。 「ママ、もしかしてこれ……!」 「あ、わかるんだ。  そう、これは魔法とは別のもの。魔力を持たない人も使えるし、魔力センサー的なものにも引っかからない。  国の中枢機関でも、イタズラし放題かもね」  ちなみに、このような代物は、魔法界を代表するような技術者でも、そう簡単に作ることはできない。 「本来作りたかったものとは、違うんだろうけど。  これはこれで面白いし、良くできてるよ」 「さっすが、姉ちゃん!」  はしゃぐトウヤの声をきき、フッと笑うマヤカ。 「ねえ! これ、オイラ試してみたい!」 「それはダメ」  マヤカは即答した。  カーテン越しでもわかるくらいショゲるトウヤに、マヤカは説明する。 「どうやら、副作用があるみたいでね。  あなたには、えーと……。十年くらい、早いかな」 「十年!? ……わかった」    ゴネ散らかしたいのを我慢して、トウヤはマヤカに、小瓶を返却する。 「あ、ついでに今日買ってきたお菓子。良かったら食べて」  マヤカの机の上には、小瓶と一緒に、紙に包まれたお菓子が現れた。 「そう。ありがとう」  お礼をいわれたトウヤは少しだけ機嫌を取り戻し、マヤカの部屋から去っていった。 「……さて、コウヤには引き続き、研究を進めてもらうとして。  これは、どうやって使おうかな……。  ヤミヅキに渡しても、仕方ないし、そもそも今は、チャージ中だし……」  指で小瓶をつまんで、左右に揺らすマヤカ。  十秒ほど考えたあと、パッとひらめく。 「前にコウヤからもらった発明品、いっぱいたまってたな……。これらを、合わせ技で使えば……。  うん、良いね。これなら、退屈を吹き飛ばせるかも」    マヤカの鼓動が高鳴る。  楽しみなのか。それとも、“楽しみ”だと思いたいのか――。
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