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追放の星空
無常の世を嘆きつつも、そこにあなたの遺したものが、あるのなら……。
あなたへの恋慕も捨て、貴族として生まれた義務を果たしましょう。
約束した誓いは、もう二度と果たされることはない。たとえあなたに裏切り者と罵られようと、私はリーリャ・タハティ。タイヴァス王国の公爵令嬢なのだから。
しかしながら、そんな世を受け入れつつも、どうしてこうも世界は残酷なのだろう。
「ごめんなさい、お義姉さま」
舞台の上でほくそ笑むのは、プラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳の愛らしい美女である。
亡き母に似たキャラメルブラウンにモスグリーンの瞳は気に入っているけれど、しかし彼女と並べば周囲の評価など知れている。
平民出身でありながら、聖女に選ばれ抜群の美貌を持つ彼女は王命によりタハティ公爵家の養女となった。それは平民と言う身分では聖女の身の安全を保障しきれなず、公爵家の後見をつける意味があったのだが。
今やまるで最初から公爵家の令嬢のように振る舞う。公爵家の中でも、お父さまからも、私は出来損ないで、彼女こそがタハティ公爵令嬢だ。
「エリアスも私の方が美しくて好きなんですって」
蔑むような笑みすらも芸術的な美を博すアウロラが、そっと隣に立つ青年の腕を抱き寄せる。
「はっ、そうだな。さすがにその見た目では」
そう私を嘲笑うのは、ダークオレンジの髪にオリーブグリーンの瞳を持つ、エリアス・リタリ侯爵令息。侯爵家の次男である彼は、私と結婚することでタハティ公爵家の婿養子に入り、公爵家を継ぐはずだった。
「俺も妻にするのなら美しくて、そして聖女であるアウロラがいい」
「まぁ……っ、エリアスったら!」
エリアスの言葉に、アウロラがうっとりとした表情を向ける。
「でも……それじゃぁ……公爵家は継げないはずじゃ……」
いくら聖女でも、アウロラは平民出身で、公爵家の血を引いていない。そして、エリアスも。お父さまや陛下がそれを許すの……?
「お義父さまが許可してくれたの。陛下の忠臣であるお義父さまよ?陛下だって否とは言わないわ」
そんな……どうして……、お義父さまが……っ。
だけど思い当たる節はある。お義父さまはここ数年……いや、アウロラがうちに養女に入ってから、とても冷たくなった。
会話もほとんど交わさず、あれが欲しい、これが欲しいとおねだりするアウロラに何でも買って与えている。
「タハティ公爵家には、聖女である私こそがふさわしいのよ」
そんな……横暴な……っ。
「だから今日、エリアスと結婚するのは私よ……?」
本来私が今日着るはずだった花嫁衣装を着ているアウロラがにんまりと口角を吊り上げる。
その瞬間、頭の中にフラッシュバックのように蘇る記憶は……誰のものだろう。
そう、彼女はアウロラ。まごうことなきアウロラだ。前世であった小説の……ヒロインだったはず。
そして彼女には義姉がいた。彼女は俗にこう呼ばれていた。悪役令嬢……リーリャ・タハティと。
しかし……どうしよう。私、その小説の詳細、知らないのよ。
ヒロインと悪役令嬢のビジュアルと名前は何となく覚えているが……小説を最後まで読んだ記憶がない。
前世の妹はアウロラとは対称的な善良な妹で、姉のために面白い小説やら漫画を勧めてくれる子で……。
もっと真面目に読み込んでおけばよかった……っ!
私、これからどうなるのかまるで分からない……!
助けて妹……!私この先どうなるの!?
「それから、お義姉さまは今日、私とエリアスの結婚を以って、公爵家から追放だから」
「は……?」
マジなの……っ!?そう言うシナリオなの!?ど、どうしよう……。
「え……エリア……っ」
エリアスの名を呼ぼうとすれば、エリアスに冷たく睨まれる。
「軽々しく呼ばないでくれるか?これから公爵家の跡取りとなる俺の名を、追放される平民が呼ぶことなど許されない」
コイツ……ムッカつく……っ!
しかし……平民……そうね。今生での知識ももちろん併せ持っているから、分かる。公爵家を追放されるのなら、私は貴族ではなくなる。平民になるのだ。
「そしてこの名を呼べるのは、ただひとり」
「そうね、エリアス」
アウロラがにっこりと微笑む。つまり……愛しの花嫁のアウロラだけってこと。
私がどんな気持ちで……。
愛したひとの騎士と結婚することを決意したと思っているの……っ。
愛したひとへの裏切りになるかもしれない……けど、貴族だから。貴族の娘として、家を守らなくちゃいけないから……。苦渋の思いで決意したのに……っ!
それが全て水の泡となった。
それともこれは、あのひとへの思いを封じて、エリアスとの結婚を選んだ私への罰なのだろうか……?
「でも……ただ原野に放り出すのはかわいそうだわ」
アウロラ……何を言い出すの……?
「私も平民出身ですもの。平民の暮らしがいかに大変か、分かっているつもりよ……?」
公爵家で贅沢三昧している、あなたが……?
「だから、森に素敵な小屋を用意してあげたの」
森……?
「獣や魔物に襲われるかもしれないし、働けなきゃのたれ死ぬでしょうけど、せいぜい頑張ったら……?」
ばかにするようにアウロラが嗤う。
生き延びさせる気すら、ないのでは……?
「特別に行きの馬車を用意してあげたから。これは妹からの姉孝行よ」
何が……姉孝行だ……っ!獣や魔物のエサにすることが……っ。
「さっさと失せろ。ここは君にはふさわしくない場所だ。アウロラの厚意を無駄にするな」
厚意だなんて……全然厚意なんかじゃないでしょう……?深く、歪んだ……。
私をこの世から消すための最低な企みよ。
「連れていって」
アウロラが冷たく告げれば、公爵家の紋を付けた騎士たちが私の腕を乱暴に掴む。
「……はなしっ」
レイピアさえあれば……っ!しかし、こんな式場に武器を携えてくるはずもない。
武器がなければ、ただの非力な令嬢でしかない。魔法は……媒介となる武器がなきゃ、上手く使えない。使えたところで、エリアスは国で5本の指に入る魔法騎士だ。そんなエリアスの前で反抗でもしようなら、どんな目に遭うか分からない。
私は騎士たちによって、押し込まれるようにして馬車に乗せられた。
私は本当に……森に捨てられるのだろうか。
馬車から飛び降りる訳にもいかず、ただ捨てられる森に向かうのを耐えて待つしかない。本当に、どうしてこんなことになったのだろう。
側妃さまが亡くなって、側妃さま付きになった近衛騎士だったお母さまが殉職し、そして……ユハニも、死んだ。
今度は私の番なのだろうか。あの世に旅立てば……お母さまや、ユハニに会えるだろうか。もう貴族でも公爵家の令嬢でもない。なら、貴族として生まれた義務を果たす必要もないのだ。
「私……ようやく死ねるのね」
アウロラが望んだとおり、森でのたれ死ぬ。
転生ものっていっても、成り上がれもしない、やり返すこともできない……喪ってばかりの何も残らない……そう言う人生も、あるのかしら。
やがて馬車が止まる。ついたのかしら……?
しかし様子が変だ。ゆっくりと馬車の扉に近付けば……。
急に悲鳴と、そして馬の嘶きが響く。
「何……っ!?」
馬車が揺れた瞬間。
「扉から離れていろ!」
誰の、声!?男の声だ……!
急いで扉から離れれば、馬車がバウンドするように揺れる。
「きゃっ!?」
馬が暴れて走り出す!?そう思った瞬間……。馬車の扉が破れるように崩れさり、馬が駆けて行く音と共に、頭上に満天の星空が広がっていた。
「……何……?」
馬車は走り出さない。
むしろ……壊れた。そんな状況でよくも無傷だったものだ。
「リーリャ」
私の名を呼ぶのは……誰……?
目の前に剣を携え立つ青年は……黒い髪に金色の瞳をしていた。その見た目と、顔の面影を覚えていないはずがなかった。
「……ユハニ……?」
何で……生きているの……っ!?
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