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変わらぬもの
突如として目の前に現れた青年の顔に、驚きを隠せない。
彼は、死んだはずだ。
かつてこの国の第1王子であったユハニ・タイヴァスは、殺されたはずだった。
側妃さま亡きあと、殉職したお母さまと共に。
「……ゆはに……なの……?」
「リーリャ!」
ユハニの名を呼べば、ユハニがガバッと腕を広げて私に抱き付いてくる。――――って、えええぇぇっ!?
「ちょ……ユハニ、いきなり……!?」
下の足場は悪いし、それに、ユハニから漂う血の匂いにびくんとする。周囲を見渡せば、馬車の残骸や争ったあと。指ひとつ動かさず横たわる馭者だったものたち。
「彼らはタハティ公爵家の……」
アウロラを支持していたとはいえ、公爵家に忠誠を誓った騎士たちでは。最近は私が見かけない顔も増えたけれど、騎士の任命に関してはお父さまの領域だから、私が口を出すわけにもいかない。
「違うな」
そっと私の抱擁を緩めたユハニがしなやかに身体を動かしながら立ち上がると、私に手を差し伸べてくる。
ユハニの手に掌を重ねて立ち上がれば、ユハニに連れられてゆっくりと動かなくなった馭者に近付いていく。
「タハティ公爵家の紋を付けてるが……違うだろ」
ユハニがしゃがみこみ、馭者の防具を乱雑に破り剥がしていく。
「ちょ……ユハニ!?」
いくらなんでも、追い剥ぎのようなことは……まぁ生きていくためには必要になるかもしれないけど……。
「ほら、見てみろ」
ユハニが馭者の服の中から引っ張り出したのは、銀のチェーンにくくりつけられた……宝石。いや、これはただの宝石じゃない。
「リタリ侯爵家の裏家紋が入っている」
ユハニは称号するように服の中から同じような石を引きずり出し、見比べる。
そしてユハニが魔力を込めれば、まるで引き合うように石と石は発光し合い、裏家紋を鈍く浮かび上がらせている。
「潜入するつもりなら置いてこいって話だが……命令とあればご丁寧に付けやがって。普通は分かんねぇだろうが、知ってるやつぁ、この裏家紋くらい知ってるからな。まぁ……保険としちゃぁ上出来だ」
そう言ってユハニは最後にはどちらの石も粉々に破壊してしまった。
「それを知ってるユハニもユハニだけど……」
保険……?正体がバレた時の保険……にしちゃぁお粗末だけれど。別の保険だったのかしら。
いくら昔は親交があったとはいえ、子どもの頃の話である。貴族ならば子どもでもマナーや知識を身に付ける必要がある。……が、裏家紋なんてものまで……子どもだった頃のエリアスが知っていたとしてもユハニに教えるだろうか。
それとも王族であるが故に知っていた……?
いや……今はそこよりも何故、タハティ公爵家の騎士に偽装する必要があったのだろうと言う点だ。
リタリ侯爵家のエリアスがタハティ公爵家に嫁ぐのなら、わざわざ偽装しなくても、堂々とリタリ侯爵家の騎士として来ればよかったのに……。
少なくともエリアスは多少の騎士はリタリ侯爵家から連れてくるはずでは……?
エリアスと共に公爵家の騎士団に入るとしても、わざわざリタリ侯爵家の騎士であることを示す石を隠してうちの騎士のふりをする意味が分からない。
それにバレてもいい……のなら確実にエリアスの実家の騎士だからバレても何とでもなると言うことだったのだろうか……?
エリアスは現に公爵家に婿入りしたわけだし。
「コイツらはお前を始末するつもりだったんだ、リーリャ」
「……っ」
その……ために。
「じゃぁアウロラの話も……森に小屋を用意したと言うのはウソってこと……?」
「それはどうだか……こっちへ来てみな」
ユハニがランプをつければ続いて森の中へと足を踏み入れる。
「……うん」
分け入った森の中には、確かに小屋があった。
「アウロラが用意した小屋ってこと」
「そのようだ。あの聖女は確かにここを用意した。だがリタリ侯爵家はそれを許さず、聖女に内緒でお前を秘密裏に始末しようとしたんじゃないのか?」
「つまり……エリアスはそんなに私を殺したかったって、ことかしら……」
「あのヤロウ……昔相手にしてやったのにリーリャを捨てた上に秘密裏に殺そうとするたぁ……何考えてやがる……っ」
昔、エリアスを相手に……と言うことは。やはり、このひとは。
「ユハニ」
「ん?」
幼き日から成長したユハニの顔がこちらを振り向く。
「ユハニはどうして生きているの……?」
「地獄の底から舞い戻って来た……かな?」
はい……?
そしてユハニはそう言うと、小屋に向かっていく。
「ちょ……っ、待ってよ」
置いていかれては獣や魔物に襲われるかもしれない!慌ててユハニに続くが、ユハニは私を置いていく気などなく、私がはぐれないように速度を緩めてくれているようだ。
――――優しいところは……本当に変わってないわね。
アウロラが用意していたと言う小屋は、意外にもキレイに清掃・整頓されていた。
「少なくともアウロラは私をここで生活させる気はあったのね」
ならきっと、公爵家の騎士から馭者も用意していたのだろうが……リタリ侯爵家の騎士に入れ替わっていた。
もしかして最近出入りしている見慣れない騎士たちは、そうやってリタリ侯爵家から潜入していたスパイ……?
そんなものを、どうしてお父さまは受け入れたのか。お父さまが気が付かないとも思えないのだが……完全に、アウロラに味方しているからってこと……?
リタリ侯爵家は次男とは言え直系のエリアスを婿入りさせることで、タハティ公爵家を乗っ取りでもしたかったのだろうか……。
「でもそれなら……せめてレイピアくらいは欲しかったわね」
森の獣や魔物相手に生身と小屋だけはこころもとないわ。
「なら、取りに帰ろうか」
と、ユハニ。
「追い出されてすぐにのこのこと帰るの!?」
「リタリ侯爵家のスパイからの連絡が途切れれば、恐らくリタリ侯爵家がこちらに追っ手を回すだろう。そうなりゃもう一度リーリャを狙うかもしれない」
「それは……そうかも」
現に馭者はユハニが始末してしまったのだ。
そのまま生きて逃がしたとしても結果は同じだろう。
「あと……エリアスあんにゃろう……一発あのヘラヘラ顔ぶん殴ってやらぁ……っ!」
恨み果てしないわね……。まぁ私も恨みは……あるのかしら。
あれ……ないかも……?
裏切られた……と考えてみても、エリアスは味方ではなかったのよ。
あの何考えてるか分からない騎士。
確かにヘラヘラ顔は遠い昔の記憶にあるけれど、ユハニが死んでから、エリアスも変わっていまった。いいえ、むしろリタリ侯爵家が変わってしまったのよ。
リタリ侯爵家はうちと同じ第1王子派だったけれど、ユハニの死とともに、新たな王太子となった第2王子派となった。
王家の嫡男が死んだ以上は、次の王として一番近いのが第2王子だけれど、側妃さまやユハニを殺した容疑者として噂されているのが第2王子の母である正妃である。
兼ねてからの第1王子派は、表向きは第2王子を王太子として見ているが、容疑のかかっている正妃の王子を完全には信頼しきっていないのだ。
さらにタハティ公爵家は……ユハニの死と共に、公爵夫人であったお母さまを亡くしている。だからこそ、正妃と対立はしないものの、第2王子派と旧第1王子派の間の中立と言う立場をとってきた。
さらにエリアスと私が婚約したのは、リタリ侯爵家が第2王子派の立場をとる、前。
立場をとってからは、エリアスはリタリ侯爵家の考えよりも、うちに婿に入る以上は中立の立場を貫いていたように思える。
家の方針とは違いつつも、それはかつてユハニと親交のあったエリアスへの……侯爵家の気遣いだとも思っていた。
そしてエリアスと私の婚約は、第2王子派と旧第1王子派が完全に分離し対立するのを避けるため。お母さまの死を許すことはできないが、貴族として国のため、国を分断させる争いを避けるための人身御供だと思っていたのだけど。
私には……貴族として生まれた私にはその義務があるのだと。
「ユハニ……ごめんなさい」
「何でリーリャが謝る」
「だって……私……あなたが死んだ後、エリアスと婚約したのよ。国のため、家のためと言えば理由は立つけれど……」
幼馴染みとして、あなたを裏切った気がしてならなかった。
「それも、貴族としての務めなら仕方がない」
ユハニの掌が私の頭にぽすんと乗っかる。昔もよく、私が不安に感じていた時にやってくれたっけ。
「俺は長らくこの国を出ていたから……リーリャの側にいられなかった。でも代わりにエリアスが側にいるならと思えば我慢できた……」
死んだ……とされながらも、ユハニは生き延びて別の国にいたんだ……。
さすがに正妃の祖国の帝国ではないだろうけど。
「けど、リーリャを裏切って捨てるとか何考えてんだ……っ!そんなことするくらいなら、俺だって我慢せずにリーリャを略奪したわっ!!」
「はいっ!?略奪っ!?」
まさかの略奪返し……!
「……だけど」
「ユハニ……?」
「俺は、この国を捨てられないんだ」
「だから戻って来てくれたの……?」
「あぁ……それに、リーリャのためにも……俺はもう一度だけでもいい。リーリャの顔が見たかった。リーリャがエリアスと結婚したとしても、リーリャが幸せならそれでよかった」
突然に与えられる再びの抱擁も、鉄臭くはあったけれど。身体を包み込む温もりは、優しいユハニのままだと分かる。
――――ユハニだけは、変わらずにいてくれた。
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