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亡霊王子
――――森から公爵家までの道のりは長い。
「馬車を壊したのは失敗だったんじゃないかしら」
「あんなもん、リタリ侯爵家の探知魔法がついてるに決まってるから、使えない」
そう……そうよね。王族貴族の馬車って盗難防止とかのためにそう言うの、ついていたっけ。それを利用して私たちの居場所がバレたらまた襲われるかもしれない。
「いっちょ盗むか」
――――と、考えてる側から――――っ!
「ちょ……それは不味いんじゃ!?」
「いいんだよ、俺、今この国にいないことになってっから、バレない」
つーか戸籍上も死んだことになってますけど!?でも、だからっていいわけじゃないでしょ!
「試しに俺の名前書いてお馬車頂戴ってカードでも残しておこうか?」
「亡霊王子って話題にのぼるわよ」
「あ……それいいな。城の連中……いや、貴族連中含めてビビら散らかしてやろうかぁっ!?俺がいなくなった途端鞍替えしやがってあいつらぁ――――――っ!」
そう言えば昔から、やられたら3倍返しがモットーだったわね。側妃の子だからとバカにされて石を投げられたら、魔法で岩浮かせてぶん投げてたことを思い出す。
ユハニは血の気が多かった。昔は鉄臭くなかったけれど。
「でも、今もユハニのことを思ってる貴族だっているのよ。将来王になるでしょう第2王子に敵対すれば、第2王子が王になった時に冷遇されてしまう。中立の立場をとれるなんて……うちの公爵家くらいよ」
「そんなビビるこたぁねぇじゃん。将来王になるのはこの俺だ」
「ど、どこにそんな根拠が……」
むしろそんなことを言っては翻意と捉えられるのでは……?確かにユハニが生きていた頃は、陛下はユハニを可愛がっていた。けれど正妃やその祖国の圧力でユハニを王太子にできなかったと聞いている。
さらにはユハニが死んだことで、自ずと後継者を第2王子にするしかなくなった。
「アイツが王になる器かよ」
最近は王太子妃に頭が上がらないようだし。第2王子は凡庸だとすら言われる。ユハニの生前から、ずっと。
ユハニはそのことを言っているのだろうか……?さすがに子どもの頃基準ではないだろうし。だけど長らく国を離れていたと言うのに、よく知ってるわね……。
ユハニが国外に逃げおおせたことも含めて、まだこの国にも正妃の目を掻い潜る協力者がいるということね。
「よし、用意できた」
気が付けばユハニが馬一頭をひきながら、馬車置き場の前に一枚のカードを差し込んでいた。
「ほんとにやるの?何て書いたのよ」
カードには……。
【馬はもらっていく。代金は『ユハニ・タイヴァス宛て』で王城に請求するように。亡霊王子より】
本当に採用してる~~っ!しかも王城に請求……本当に請求すれば亡霊王子の名が知れわたりそうだわ。社交界ってこう言う噂が出回るのが異常に早いのよ。
「あ……それにしても馬車じゃなかったの……?馬一頭……って」
「馬の方がリーリャとくっついて乗れるだろう?」
はいっ!?
「あの、私、馬はひとりで乗れるのだけど」
昔はお母さまのような近衛騎士を目指していたから乗馬もひととおり。見習いとして入団することも決まっていたのだけど、お母さまが殉職して……その話はお父さまが失くしてしまった。
その後もこっそりレイピアを振ったり、乗馬はしていたけれど、趣味の範囲にとどめなさいと申し付けられてしまった。つまりは、近衛騎士は目指せないと言うこと。
まぁ私も貴族の娘だし……たとえ亡きお母さまが公爵夫人で近衛騎士だったとしても、同じ道を辿れるとは限らない。お母さまを喪ってしまったお父さまの気持ちを考えたら……目指すとは言えなかったのだ。だから公爵の娘として、家を守っていくためにただの公爵夫人になることを、選んだ。
「全力疾走できんの?」
「街中で全力疾走したら迷惑がかかるわよ。危ないじゃない」
ひとにぶつかったり物にぶつかって破壊したらどうすんのよ。
「全部躱して行けばいい」
「できるわけないじゃない」
何言ってんの、このひと。
「なら、リーリャは俺の前に座って」
「……はぅっ」
ユハニはできるって言うの!?そしてユハニの前に座らされることになってしまった。
これ、乗せられた?まぁ馬には乗せられましたけど。
悠長に構えていたのも束の間。ユハニが馬の手綱を引けば、途端にまるで身体が浮くかと思うほどの風圧が襲いかかる。
「ギャ――――――――――っ!!?速……っ、速い速いいぃぃ~~~~っ!」
「ひゅ~~~~っ!夜の王都を疾走すんのもなかなかいいなっ!」
いいわけない~~~~~~っ!
※※※
「はぁ~~、死ぬかと思ったぁ~~」
「これくらいで死なねぇよ。俺もリーリャに強化魔法かけてたし、あと馬にも」
いつの間にそんなものつけてたのよ。あと、早く言え。
「でも、ほら、ついたぞ。公爵邸た」
「ほんとね……追い出されてすぐに戻ってくるとも思わなかったけど」
目の前には公爵邸。門前には騎士が見張りの立っている。
「でも、どうやって入るの……?一応聞いておくけど、あなた、生身よね?」
「さすがに半透明にはなってねぇだろ?」
うん、そうね。後ろから抱き締めてくれる熱は……本物だわ。
「一応裏口ならあるけど……どうする?」
「そうだな……?どっち?」
「あっちの方向ね」
「ふぅん……一応目立たないように歩きで行くか。馬は近くに放っておこう」
「いや……迷子馬なんてかわいそうよ」
「大丈夫、大丈夫。ここら辺は貴族街。すぐにどっかの貴族の屋敷の門番が見付けるさ。ついでにこのカードを馬にもくくりつけておく」
「そのカードってまさか……」
「亡霊王子からのメッセージカードだな。因みに届け先は、王城だ。王城で買い取った馬だからな」
「まぁ、許可なく無理矢理買い取らせようとはしているけどね」
その調子で亡霊王子の名前を本気で広めるらしい、この男。
「さて、行け」
ユハニはカードを馬の鞍に落ちないようにくくりつけると、馬を放つと、早速裏口に行こうと手招きしてくる。
「裏口に見張りは?」
「一応いるけど……少ないはずよ」
目立たない場所に作ってあるから、大勢を配置すると逆に目立って意味がなくなるのよ。あそこは緊急時の避難用だし。
「アイツらか」
裏口……に見えないよう偽装されている入口ではあるが、その塀の向こうに配置されている門番ですら見抜いたようにユハニが頷く。
「リーリャ、声、なるべくだすなよ?」
「へ?」
何だろう……と、ユハニを見たその時。ユハニの腕が腰に回ったと思えば、ユハニの脇に……抱えあげられたぁ――――っ!?
「ちょぉ……っ」
「しー……」
「……っ」
そう言えば、そうだった。
しかしどうする気だろう。だが次の瞬間、ユハニのの両足が風の渦を纏い、空高く跳ね上がる……っ!
「~~~~~~っ!?」
叫びたい気持ちを抑えながらもユハニが颯爽と塀の中へと侵入すれば、鋭く金属がぶつかり合う音が響く。一体何が……っ!?顔をあげた瞬間、目の前で人影が崩れ落ちたのを見た。
「何……これ」
「公爵家の御庭番……と言うならまだ分かるが……コイツらは違うな。コイツらはリタリ侯爵家のやつらだ」
抱えていた脇から私を下ろすと、ユハニは彼らの持ち物を確認もせずにそう告げる。
「どうして分かるの?」
「あのクソムカつく騎士と腐れ縁のなせる技かな……?」
そのクソムカつく騎士ってのはエリアスのことかしら。
「ともかくこの公爵家は……夫人が死んでから……徐々に蝕まれて行ったんだろうな」
「お母さまが……?どういうこと……?」
「あのひとのいなくなった公爵家は、中立の立場を取りながらも、リタリ侯爵家の手に落ちて行ったと言うことだ。リーリャも心当たりがあるんじゃないか……?」
「それは……っ」
公爵家の、騎士たち。
そして現に公爵家に侵入していたリタリ侯爵家の手のモノ。
「それに……夫人の忘れ形見のリーリャが捨てられるのを公爵が黙って見ているはずがねぇだろ」
「けど……現に私は追放されて……」
「公爵には会ったのか?」
「ううん……」
アウロラに知らされただけ。
最近ではお父さまと顔を会わせることも少なく、アウロラづてに聞くことも多かったから。
「なら、公爵にも確認に行かなきゃな」
ぽすんと、優しい掌が私の頭に乗せられた。
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