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意外な救援
真夜中の公爵邸は、不思議なほどしんとしていた。真夜中なのだから当たり前と言ってしまえればそうなのだけど。あまりにも……寂しい。
「リーリャのレイピアは?」
「部屋にあると思うわ」
アウロラは私の服や宝石を何でも欲しがったけれど、レイピアには興味を持たなかったから。
部屋に向かう間も、誰ともすれ違わない。見回りの騎士や、当直の使用人が見回りをしていてもおかしくはないのに。
私が追放されたから、もう見回りも必要ないと見なされたのかも知れないけれど。
部屋に到着すれば、すっかり物の少なくなった部屋が目に入ってくる。
「殺風景でしょ」
高価な調度品なんかはほとんどなくなってしまった。
お母さまが死んで、アウロラが来て……この屋敷は変わってしまった。
それでも変わらないのは、部屋に飾ってあるレイピア。
「……あら……?」
「どうした?」
「このレイピア……私のと似てるけど……違う……?」
微な違和感。型は同じに見えるが、どこか違う。
それに、レイピアについている守護石も、色は似ているけれど別のものである。
あれはお母さまの形見、見間違うはずもない。
不信に思いつつも手を伸ばそうとすると、不意にユハニの手が私の手を止めた。
「ユハニ……?」
「……っ」
恐る恐るユハニを見れば、次の瞬間……っ!
ユハニがカッと目を見開いたと思えば、私の腰に腕を回し、さっととびずさる……っ!
その意味を、瞬時に理解した。先程まで私たちが立っていた場所に、槍が突き刺さっている。
「……ちょ……っ、何で槍!?」
「いいから、今のリーリャは武器がねぇ。下がってろっ!」
ユハニが剣を抜く。その瞬間ユハニを襲う3人の影を、ユハニが魔法で電撃を放ちながら牽制しつつ、風を纏った剣で素早くなぎ払っていく……っ!
私も風魔法は纏えるけれど、あんなに複数の魔法を操りながらなんてできない……っ!
そしてそれが、私とエリアスの差でもある。
あんなやつでも国では凄腕の魔法騎士。そしてユハニもまた、その域にいる……っ。一体国外でユハニは……何をしてきたのだろうか……?
そしてすべての敵をなぎ払ったユハニは剣を携えたまま叫ぶ。
「ここを抜ける!集まってきている!」
何が、とは問わなくても分かる。
「分かった!」
ユハニの後ろに続きながら私も走る。
「公爵の部屋は……」
「3階!階段はあっち!」
異様なほどにひとの気配がないのに、ユハニが敵の気配を感じている。お父さまが部屋にいるとは限らないけれど……。
「3階はダメだ。あちらからも来る!」
しかし階段の手前でユハニが叫ぶ。私がレイピアさえ持っていれば……っ。
他に武器……私が扱える武器があるのは……。
あれ……?そう言えばどうしてレイピアが別の物にすり替えられていたのだろう……?
「……こうなりゃ、アウロラの部屋でも漁ろうかしら……っ」
あのこ、レイピアには興味を示さなかったけど、勝手に私の部屋からものを持っていくことなんてしょっちゅうだったし!代わりよ~とか言って昔とった私の服を押し付けてきたこともあったわね……!?
「あのこの部屋もちょうど2階だし!」
「なら、いっそのこと聖女を人質にでもするかー!手間増やしやがって」
「何えげつないこと言ってんの!!」
だがそれはそれで、あり……?もう四の五の言ってられる場合じゃない!
ドドドドドッと、先程まで隠していたでしょう足音すら響いてくる!
「追い付かれないうちに!あそこ!」
憎いほどに訪れてものを返してと伝えても無駄だったアウロラの部屋!
その扉を開け放つ!ガランと静まり帰る部屋には、アウロラの姿はないように思える。
しかし不自然に開け放たれたバルコニーの窓は何を意味しているのか。
「――――ったく、もういねぇし!どこいった!?時間がない、あそこから行くぞ!」
行くぞって……どこに……っ!?そう問う間もなく、ユハニが私の腰に腕を回せば、両足が風を切り、バルコニーの外へと身体が宙に浮く。
「キャ――――――――っ!?」
落ちる――――――――っ!!
しかし衝撃はユハニの風魔法で弱められ、ふんわりと着地する。ホッとしたのも束の間。ユハニは素早くたった今飛び降りたバルコニーの中へと電撃を放つ……!
――――すると。
中から『ギャーっ』と言う悲鳴が響いた。やっぱり追っ手が迫っていたんだ……っ。
しかし、ここはグラウンドフロアよね。
「温室はどうかしら」
あの温室には秘密があるのだ。
恐らくユハニも知らない、秘密が。
「リーリャがそう言うのなら」
「ついてきて!」
「あまり前に出るなよ!」
「分かってる!」
今の私は戦えないから。ユハニと道筋を示すように続くタイルを走っていれば、案の定追っ手が追い付いてくる……っ!
「どけっ!」
しかしユハニが放つ電撃や剣により、即座に一掃されていくが、ふと妙なことに気が付く。
「ユハニ!あっち!」
何故か、ひとが倒れている。使用人や、黒ずくめの明らかに怪しい……。
でも使用人は確かアウロラの側にいた顔のように思える。温室は、こちらじゃない。だけどここで倒れている人影が続いているのが気になる。
間違いなくあちらに何かある!
「分かった。行くぞ」
「うん……!」
倒れた人々の間を駆けようと足を踏み出せば、不意に足首を掴まれる……っ!
「……っ!」
「つか……まえだぁっ!」
アウロラの……メイド!?
「リーリャ!」
ユハニが叫ぶが、ユハニに敵が迫り来る。まさかこれ……っ、罠……っ!?
さらにはユハニの攻防の隙をついて、凶刃が迫り来る……っ!
あぁ……ダメだ。ユハニがどんだけ強くとも、ユハニの背中を守る剣がなくては、ユハニは戦えない。
――――本来そこにいるべき騎士は……もういないのだ。
その時。草むらから飛び出した影に、一瞬思考が止まるかと思った。
「受け取りなさい!」
宙に投げ入れられたそれは、見覚えのある……。
そして素早く私の隣に突っ込んで来た【彼女】が、私の足首を掴むメイドの手を容赦なく蹴飛ばす。彼女にとってもあのメイドは……敵ってこと……?
そして【彼女】が両手を迫り来る凶刃の主に翳せば、溢れんばかりの光が彼らの視界を塞ぎ、柄を握り、レイピアの白刃をあらわにする。
思わず目を細め、怯んだ敵を、風を纏ったレイピアでなぎ払う……っ!
だが、遮光マスクをした敵は、眩しさをものともせずにこちらになだれ込んでくる!
「身体強化!」
【彼女】の両手から放たれる光が、私の身体に注がれる。
速く、動ける。
力が倍になる。
風魔法の威力が上がる。
光と風は、まるで魂が共鳴するように混ざり合い、光刃を放つ……っ!
『アァァァァ――――――――っ!!!』
悲鳴をあげながら、敵が散っていく。そして反動のようにヘナヘナと膝を着く。
「リーリャ、無事か!」
反対側の敵を片付けたユハニが急いで私に駆け寄る。
「なんとか……でも脚が……」
ふらつく……。
「ただの魔法の反動よ。立とうと思えば立てる。後ろに預けている背中があれば意地でも立つ。魔法騎士なんてほぼ気合いで立っているの」
それは初耳なのだけど……。
「何でここにアウロラがいるのよ」
しかも私のレイピアを持っていたの……?
「話してる余裕なんてないでしょ、あなたはとっとと立たなくちゃいけない」
「……それは」
「肩を貸すから、ゆっくり」
「……う、うん」
渋々頷けば、アウロラが肩を貸してくれる。
「それなら俺が……っ」
ユハニが手を出そうとするのだが。
「あなたは戦わなくちゃならないんだから、手出しは結構っ!」
「……っ、人使いのあらい聖女だな!?」
アウロラの剣幕に、ユハニがビクッと手を止める。まぁ、それはそれで事実ではあるのだが。
「公爵はどこにいる」
私がアウロラに肩を貸してもらいながらもゆっくりと立ち上がれば、ユハニは私たちよりも確実に屋敷内の状況を知っているであろうアウロラを見る。いや、睨む……?しかしアウロラは怯んだ様子はない。
「エリアスと一緒に温室にいるわ」
エリアスも、あそこに……?あれ、じゃぁアウロラはどうしてエリアスたちと一緒にいないのかしら……?あそこは何かあったときのセーフティーゾーンである。公爵邸が賊だらけの大変なことになっているのなら、アウロラだってそこにいるはず……。まさかレイピアを私に渡すため……?
だとしたらメイドたちが倒れていたのは、先程のアウロラの目映い光によるものかもしれない。わざわざ私たちに気付かせてこっちへ来るように誘導しているようだった。
しかしもし、本当にそうならば、アウロラではなく、エリアスが来れば良かったはず。セーフティーゾーンにいるなら、何よりも安全なはずなのだから。
「エリアスは、一体何を企んでいるの……?」
「式場で言った通りのことよ」
「……それって……?」
何のことなのか、皆目検討もつかないが。
「背中が寂しいと思ったのなら、あなたはとっととあのバカ騎士を迎えに行くべきだわ」
アウロラの言葉に、ユハニがムッとするが。ユハニが背中を預けられる騎士がいるとしたら……私が知っているのはかつてのエリアスだけである。だからそのバカ騎士って言うのは……エリアスのことなのかしら……。だとしたら……とても愛し合ってる夫に対する口振りに聞こえないのは、私の気のせいかしら……?
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