雪の中

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 祖母の家では正月におせちが出ず、その代わりと地方の正月料理が出された。成人するまで正月は祖父母の家で過ごしていたので、僕はおせちを食べた記憶がほとんどない。大人になってから、妻の実家にて振る舞われたのが初めましての食べ物もあった。  父の故郷の正月料理。色々あったが、一番覚えているのは『おひら』と呼ばれる汁物である。  透きとおった出汁に芋、舞茸、魚の切り身、あとゴボウと人参。具が沈んでいる。  これが、鋭敏な子供の舌を以ってしても塩味が全く感じられない。  誤解を恐れず言うなら、不味い。  美味しいところで食べたら美味しいのかもしれない。うちの『おひら』に限った事かもしれないが、正直僕は『おめでたいから』で流し込んでいた。  他にはおかきをやたらに食べた。後に母から聞いた話だと、アレはおかきではなく『凍み餅』というものらしい。寒いところにおモチを干して乾燥させたもの。それを揚げた、立派な郷土料理だったそうだ。いや、おかきじゃん。  ニシンの麹漬けもよく食べた。冬場の貴重なタンパク源だったらしいソレは火を通さずそのまま食べる。山椒の香りと唐辛子の辛み、麹の甘みがたまらない。塩っ辛くて米に良し、大人なってからは酒に良しと、これは子供の頃から好きだった。  更に、アルミホイルの上に並べて少し焦げるくらいまでオーブンで焼く。コレがバカ旨い。腰が抜けるほど旨い。ニシン漬けが好きな知人が親類にしかいないので他に話した事はないが、知らなかったらやってみて欲しい。  父がニシン好きなので、ニシンそばもよく食べた。今でも蕎麦屋に行くと頼みたくなる。すごい好き。フェイバリット蕎麦である。麺類全体でも上位に食い込む、下手したら二位かもしれない。  祖父母の家は山奥にあるので、大人になるまでニシンは川魚だと思っていた。子持ち昆布とか食べてたのに、疑問を持たなかったのが不思議だ。  正月料理とはちょっと違うが、三角のちまきも好きだった。咳き込むくらいきなこをかける白いちまき。あとは白い斑点がつくほど糖度が高いトマトも美味い。甘くて瑞々しくて果物みたいだった。でもこの品種は『赤い方が売れるから』との事で、今は糖度を下げてしまったらしい。バカっ!岩魚も刺し身で食べた事がある。焼いたのももちろん旨い、鮎マスなんか話にならないくらい好き。祖父は最後まで歯が丈夫で、岩魚を焼くと頭から尻尾までバリバリ噛み砕いて食べていた。骨はまあ何とかいけるが頭と尻尾は中々に厳しい。中年男性と呼ばれる今では祖父の顎の強さに驚くばかりである。とにかく岩魚。川魚の中で一番好き。あと祖父が好きで馬刺しもやたら食べた。ごま油に塩と薬味ですよ、大葉と生姜多めでニンニクはちょんのせくらい。なんかもう全部忘れちゃうくらい旨い。馬は体温が高いから生食が可能であるそうだ。ホカホカでいてくれてありがとう。大好き、高価いからめったに食べないけど。
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