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 デパートの8階にある、イベントスペースに「フィンランドからやってきたサンタと記念写真を撮ろう」と大きな看板が出ていた。  白いふわふわした椅子に腰かけたパクスロと、母子がカメラマンに笑顔を向けていた。  パクスロなどは、口角を無理やり広げて目をまん丸にして輝かせ、すっかり板についたものだった。  つられて子どもも大口を開け、目を皿のようにして顔を(とろ)かせた。  幸せいっぱいなムードが、エルマのサンタクロースとしてのプロ意識に火をつけた。 「ゆうちゃん、サンタはね、人を幸せにするためにいるのよ。  サンタに会ったら、子どもは幸せになるの」 「うん」  予約客の合間に、パクスロとエルマは祐樹を間に座らせて、陽気にポーズを取った。  はにかみながらも、2人の勢いに乗せられたようだった。  それから、ホームでの暮らしや学校出の話などが、口を突いて次々に出たのだった。 「僕、将来サンタクロースになれるかな」  頬骨の辺りをポリポリと掻いたパクスロは、床に目を落とした。 「きっとなれるよ。  サンタ村にもおいでよ」  小さなプレゼントを手渡すと、白い歯をこぼして手を振りながら走って行った。 「ありがとう、エルマお姉ちゃん、パクスロさん」  祐樹の姿がエレベーターホールへ消えると、 「ねえ、何を考えたの」  エルマは少し暗い顔を見せた。 「サンタの世界も、厳しいものだからさ」 「まあね。  テロの現場を押さえたり、強盗を捕まえることもあったね」 「それもあるけど、冬の夜空を飛ぶだけでも本当は命がけだ。  笑って自分を殺せる奴だけが、本物になれるんだ」 「真面目に考えすぎじゃないかしら」  耳に「Silent night」の静かな調(しらべ)が響いた。 「ゆうちゃんだって、ギリギリの人生を生きているはずだ。  決して軽はずみに夢を語ったりしていない。  親なしで、あんなに明るく振舞う強さがあれば、きっと良いサンタになる」 「だったらそう言えばいいのに」  パクスロは黙っていた。  華やかな赤と白のサンタスーツと、緑のツリー。  底抜けに明るいだけに、影も濃い。  世の中は、決して光だけで成り立っているわけではないのだ。  児童養護施設で暮らす子どもが、何も知らないはずはなかった。
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