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 夕食を済ませると、祐樹はシャワーを済ませた。。  4つあるシャワー室を順番に使い、終わったら次の人へ連絡する。  同部屋の身体が大きいかんちゃんは、些細な音にもびっくりしてしまう繊細な心の持ち主である。  小さな箪笥(たんす)から着替えを取り出して、ゆっくりとたたみ直す。  4隅をきっちりと合わせないと気が済まない様子で、折り紙のように正確に折り目をつけていた。  奥にある柱にもたれて足を投げ出した祐樹は、スマホを取り出してゲームを始めた。  9時までの自由時間を、大抵床に座って遊んでいる。  布団は寝るとき以外に出してはいけないことになっているので、硬い床でお尻が痛くなってくる。  でも束の間の自由時間を一秒でも無駄にしたくなかった。  しばらくゲームに没頭していると、青い顔をしたかんちゃんが戻ってきた。 「どうかしたの」  声をかけるが俯いたまま反応がない。  ときどき気分が下がってくると塞ぎ込むので、今日もそれだと思った。 「僕、死にたい」  顔を上げると、机の引き出しを探っていた。  刃物を取り上げられているので、すぐに危険があるわけではないが祐樹 は飛び起きるようにして部屋を出た。  リビングで職員のおばさんが片付けものをしていた。 「あの、かんちゃんが」  ぼそぼそと声を絞りながら、手首を切る動作をして見せた。 「死にたいって」  おばさんは部屋に駆け込んで、かんちゃんを引っ張ってきた。  ネガティブな感情が祐樹の心にも流れ込み、いくらか憂鬱(ゆううつ)になった。  深刻な顔を向けていた祐樹に、おばさんが笑顔を作って見せる。 「おやまあ、ゆうちゃんも悲しくなっちゃったかな。  かんちゃんのことは任せておいて。  さあ、部屋に戻っておいで」  やさしく背中を押され、部屋のドアをパタンと閉めた。  一つ大きなため息をついて、かんちゃんの机の引き出しを閉めるとまたスマホを手に取った。  今夜は月が明るく照らしている。  窓の外に、茂みがぼんやりと浮かび上がっていた。
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