ほおずき、弾けて

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 九月の夜。東京と比べて涼しいと見越して長袖を持参したが、必要なかったかもしれない。  店内は冷房が稼働しているにもかかわらず、宴会場の襖を明けた瞬間に、熱気がこちらへと向かってきた。 「今日の主役がようやくお出ましだぞー」  長い大学の夏休み。帰省時期を盆からずらしたにもかかわらず、高校の同級生たちは、同窓会を企画してくれた。  半分は地元の学校に通い、もう半分はすでに働いている。忙しいから構わなくていいと言ったが、彼ら曰く、飲む理由は多ければ多いほどいいそうだ。  田舎には娯楽が少ない。スマホがあればなんでもできるとはいうが、実際に友人たちと遊んだり、デートをする場所は、薄い板きれの中にはない。駅前には洒落た店や映画館がなく、地元の人間を相手にする寂れた飲み屋ばかり。  みんなで集まって、酒を飲む。手軽な娯楽の機会を逃すはずがなかった。  友人に肩を抱かれて中へ促される。主役扱いしてくれるなら、乾杯も待ってくれればいいのに、ほとんどの連中はとっくにできあがっていた。中には極度に弱いのか、座敷に転がり眠っている奴すらいる。  空いている席に座らされると同時に、グラスにビールが注がれた。飲んだら飲みっぱなし、どれだけ放置されていたのか。すでに温くなり、泡も立たない炭酸を、駆けつけ一杯と煽られ、呷る。  ひとり一杯のノルマを見届けたあとは、好きに飲め。ドリンクメニューを渡されたがスルーして、参加者の面々を見渡す。  しばらく会っていなかったとはいえ、たった一年半だ。特に、男子は、目に見える変化はない。女子はさすがに「どちらさま?」状態の人間もいるが、最終的に目指す姿はひとつに収束しているのか、個体として認識するのがより難しい。  都会の大学生を見慣れた弘也(ひろや)の目には、彼らは無個性に見えた。制服から脱却したはずなのに、あの頃よりも彼らは均質だ。  そしてそれは、きっと俺も同じなのだろう。  東京の、そこそこ偏差値の高い大学に(一浪とはいえ)通っているから、「自分はこいつらとは違う」と、いい気になっているだけだ。もっと高いところから見た自分は、この集団の中で、最も滑稽な男なのかもしれない。 「有岡(ありおか)~。飲んでるか~?」  あまり喋ったことのないクラスメイトが、グラスを片手に近づいてくる。日に焼けた顔、学生時代より逞しくなった身体は、彼が肉体労働についていることを表している。  あの頃は自分よりもよほど細かった。こうやってひとりひとりじっくり真正面から観察すると、実は変わっていることは多々あるのだと気づく。 「飲んでるよ」  弘也の目が、彼の持つグラスに向かう。荒々しい土建屋のイメージどおりの仕草や言葉遣いの割に、飲んでいるのは巨峰サワーなのが、おかしかった。  強い酒を馬鹿みたいに飲むのがえらいわけじゃないが、弘也の傍に転がる酒瓶の文字と自分の手の中のサワーを見比べ、彼は曖昧に笑って離れていった。  上京した人間は、そう多くはなかった。大きな農場や、そこで穫れた作物を加工する工場。働く場所には困らない。特に女子は、地元の短大に進む人間が多かった。  彼女たちは、弘也に興味津々だった。酌をするという言い訳で、入れ替わり立ち替わりやってくる。しかし、大学一年生である弘也が卒業するまで待つつもりの人間はおらず、すべて冷やかしだ。  一段落したところで、ようやく落ち着いて辺りを観察する。不自然にならない程度に目を配るも、探していた人物は、いないようだった。  いや、そんなの、探さなくてもわかっていた。  本当に際立った人間というのは、何をしていても、何もしていなくても、勝手に視界に入り込んでくるものなのだ。  もの思う秋だけじゃなく、どんな季節も、陰鬱な顔をしていた同級生。誰にも興味がないという顔で、話しかけられても素っ気ない返事しかしない男。 「あ、なぁなぁ、田中」  クラスで彼と一番仲がよかったのは、クラス委員の男子だった。押しつけられて今日も幹事をやっている。彼の周囲から人がいなくなるのを待っていたのだ。 「どうした、有岡?」  弘也は声のボリュームを低めて、ずっと誰かに聞きたくてうずうずしていたことを、彼に尋ねた。 「伊崎(いざき)のこと、知らない?」  ことさらに明るく、そこに何の感情もないのだと見せかけた。 「あいつ、同じ大学にいるはずだよな? 全然見かけないからさぁ。一年と二年でキャンパスは一緒なんだけど」  伊崎雄二郎(ゆうじろう)は、優秀な生徒だった。  高校に一枠しか来ない、東京の有名大学の推薦枠。彼が出願すると知った途端に、勝ち目がないと他の生徒は全員辞退した。弘也が現在通っている大学である。  一年浪人して、わざわざ伊崎を追いかけたのだと思われたくない気持ちが、弘也の口をなめらかにした。 「夏休みだし、あいつもこっち帰ってきてるんじゃないの? レポートとか試験とか、ひとりで乗り切るのも大変でさ。他の友達はみんな、先輩の伝手で過去問とかノートとか、手に入れてるらしいし」 「有岡。あのさ」  田中は眉根を寄せて、困った顔で弘也の弁舌に割り込んだ。奥歯に肉の繊維が挟まったときに、舌でどうにかほじくり返そうとして、なかなかできないでいるときみたいな顔だった。 「伊崎なら、大学には行ってないよ」
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