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東京へ戻る前日、弘也は彩香の病室を訪れた。花は結局、買わなかった。
例の同級生の店に行く気にもならず、他の店を探すのも面倒だった。
白く無機質な部屋の中で、彩香はベッドの上に身体を起こし、ぼんやりしていた。よぉ、という弘也の声に、ぴくりと瞼を震わせるが、顔は向けない。
壊れた人間の顔を、弘也は初めて見た。はずだった。
彩香は微笑みを浮かべていた。レイプまがいのことをした弘也に、伊崎が別れ際に浮かべたのと同じ、穏やかな笑みだった。満足そうな女に対して、弘也は大きく舌打ちをした。
ああ、どうして伊崎は気づかないんだ!
憤りは性欲に直結する。やはりあそこで、無理にでも最後まで犯しておくべきだった。ムラつく身体を持て余し、弘也はベッドの柱を軽く蹴り飛ばした。彩香は何の反応も見せなかった。
この女は、最初からすべてわかっていたに違いない。東京へ行ってしまう伊崎を引き留めるために子どもをつくり、そして彼が子殺しの罪で自分から二度と離れないように、狂ったのだ。
金髪ではなく、黒髪になった彩香は、まるで怪談に出てくる幽霊のように情念の強い女であった。
俺は、俺たちはいったい、この女の何を見ていたのだろう。ギャルの一言で表現、判断し、女の本心を覗こうとしなかった。
東京に戻る電車の窓から、あのほおずき畑が見えた。一瞬のことだった。あの夜、荒らしたはずの畑は、元通りになっているようだった。
死ぬまで、永遠に続く贖罪――……。
弘也は二度と、伊崎にも彩香にも会わないだろう。会えばきっと、暴力だけでは済まない。最終的に行き着くところまで、行き着いてしまう。
犯し、首を絞め、それを伊崎が「罰」と受け入れ、命を落とすまで。
決別の意志で畑の方向をいつまでも睨みつけていた弘也にはひとつだけ、わかっていた。
これから行く先々で、幻影を探し続け、いずれは俺も狂ってしまうのだろう。
ほおずきが弾け飛ぶより、いとも簡単に。
(了)
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