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しかも、その焦りようは普通ではない。なんだか嫌な予感がした。
けれど私がしっかりしなければ、余計に客を不安にさせてしまうだろう。
「なんです?」
私が落ち着いて尋ねても、客は頑なに目を合わせようとしない。
もしかするとこの依頼は、とんでもなく面倒なのかもしれない。
彼の様子を見て、私は察する。
けれどこれも仕事だ。いつ何時も平静を装うことは忘れてはいけない。
「私は、妖退治で名のある術師の方を訪ねてきたのです」
そうですか。と、笑顔を作って適当な相槌を打つ。
この時、相手の話を否定してはいけないのはもはや常識だろう。
確かに話の通りであれば、不安になるのも仕方のないこと。
私の一族は、世間一般的には予見を司ることになっている。
「これって何かの間違いなんでしょうか」
それゆえこういったことを聞かれるのはよくあることだ。
もちろん、私は丁寧に説明をするつもりだ。
だが、正直に言うと、こう……何度も聞かれると説明は面倒になってくるところはある。
「いえ間違いなどではございませんよ」
私の都合は客には全く関係がないことだ。
私は軽く呼吸を整える。
何も問題はない。いつものようにやればいいことだ。
客は己の身に降りかかった災難で手一杯なのだから。私が気遣わねばならない。
「でもあなた様は未来予見などをなさっているお方ですよね」
じっと見つめていると、客は不満げにこちらを見た。
その時、はじめて目が合う。
「私は杯を使って未来を見ることもできますが、同時に妖を見破ることもできるのです」
座卓に手をついてどっかりと腰をおろす。客はまだ立っているが、もうそろそろ構わないだろう。
「なんとそのようなことができるのですか?!」
客は興味を示し、ようやく席についてくれた。
その声色は先ほどまでとは違い、軽くなっている。
「ええ、写真とお名前さえあればできますね」
私は小雪を呼び、杯の準備を頼んだ。
客の方に向き直ると、なんとなくばつの悪そうな顔をしていることに気づく。
「写真ですか、今手元に無いので取りに帰らないといけません」
客は、すみませんと申し訳なさそうに述べた。それを私はたしなめる。
事前に写真が必要だと伝えられていないのだから、持っていないのは仕方のないことだ。
「では、次回の面談で結構ですよ」
そう言うと男はどこかほっとしたような様子を見せた。
私は、小雪から差し出された手帳を開き、懐からペンを取り出す。
そうして、今日の日付を見つけ。先のページをぺらぺらと見た。
そうして予約のない空いた箇所を探す。
「今、ご予約をお取りしましょう。まずは、お名前をうかがっても?」
ほんの少しの困惑。
「あら、私はまだ名乗っておりませんでしたね。これは失礼いたしました」
話に夢中になって名乗ることを忘れていたと、客は恥ずかしそうに笑った。
私は、この時どんな顔をしていただろう。
「仕方のないことです。事情というものがあるでしょうから」
私は無意識に、ほんの少しの間手帳を見ていた。
同時に、なんとなく気まずいような気がする。それを悟られないようにすぐに視線を戻した。
「私は、昴と申します。よろしくお願いいたします」
客、いや……昴さんは、私を見て軽く微笑んだ。
それに対して私は軽く返事をする。
この時、なんと言ったかはあまり覚えていない。気がついたら私の視線はまた手帳に向いている。
私は人と話すのが苦手なのかもしれない。
いや、そんなことは既に分かっている。
少なくとも物心がついた頃には、そうであった気がする。
残念なことだ……。
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