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予見の一族
かぐわしい伽羅の香りが漂う。
そこは縁側。
口の広い杯に水を張り映る月の姿を読み解く。
そこにはいずれ必ず訪れる運命の姿が見える。
私はそこに自分の姿を見ていた。
杯に映る私は縁側に座り猫背で自信なさげに杯を見つめている。
きっと今の私もそうなのだろう。
凍りつくような夜の風が鼻を痛くした。
いつもの自分の視界もそうだが、俯瞰で見る自分のみじめな姿が嫌いだった。
私は儀式を行い未来を予見することができる一族に産まれた。
けれど私は、本当は未来なんて見たくない。
未来なんてものは見たところで何も変えられないものだから。
「今日も欠かさず鍛練をしているのですね」
「あ……師匠」
師匠は一族のなかでも指折りの術師。
技術を継承する教育係を担っている人だ。
肩まで届く透き通った髪に美しい琥珀の目、芯の通った真っ直ぐな性格をしている。
私はそんな師匠が大好きだった。
毎日欠かさず鍛練を続けているのも師匠に誉められたいから。
師匠は泥の中のような私の人生の唯一の光だった。
「秘術というのは続ければ続けるほどよく見えるようになるのです。これからも精進するのですよ」
師匠はこんな私を気にかけてくださる。
師匠のそばにいれば私は幸せだ。
けれど幸せを知ったからこそ見えてしまう不幸せは余計に辛い。
すぐそばに大好きな師匠がいるというのに私の体は凍りついたように動かなかった。
「今日は寒いから早めに終わらせて寝なさい」
そう言って師匠はブランケットを肩にかけてくれた。
師匠のブランケットがくれた温もりが刃物のように私の心に深く突き刺さる。
暖かくなった体と冷えた心がいっそ薄気味悪いほどに調和しない。
こんな気持ちになるのならいっそ孤独に産まれたら良かったと思う。
それと裏腹に師匠の優しさに取り入って甘えたいような気持ちにもなる。
何もかもがいつか終わってしまう。
それならばいつ終わりが来たとて同じことだ。
そんなことはわかっている。
それでも、どうしても受け入れがたかった。
「泣いているのですか?」
師匠の優しい声が背中をなでる。
「いえ、大丈夫です」
今すぐにでも師匠にすがり付きたい気持ちを押さえ込む。
そうして平気な顔をして返事をした。
それは他の誰のためでもなく自分の心を守るためだ。
師匠のために生きたいと思いながら結局己の保身しかできていない。
こんなでは師匠に見捨てられて当然だろう。
己に無力さに絶望し、いずれ来る冷たい未来が心を落ち着かせる。
「私もそろそろ寝ますね。師匠おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
逃げるようにしてその場を去った。大丈夫、寒いのには慣れているから。
誰かに愛される未来なんて私には荷が重すぎたんだ。
言い訳なんかしても何も変わらないし、孤独な夜の月は私を待たない。
ブランケットを肩から外せば夜の冷気に体は凍える。
それでも外さずにはいられない。私は師匠に背を向けて自室の戸を開く。
ブランケットをぎゅっと握りしめれば痛みが少しだけ和らぐような気がした。
そして次の日の朝、師匠は私の前から姿を消した。
杯が教えてくれた未来がついに訪れたのだ。
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