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そんな洋一も中学生になった。
いい加減に男の子らしくなれと自分でも思うが、弱虫はどうにもならなかった。
毎朝登校する最中から下を向いてぶるぶるぶるぶるしながら歩き、とぼとぼとぼとぼ教室に入る。入った瞬間からもう怖くて怖くて、みんなの視線がナイフのように自分をずたずたずたずた切り裂くように思われて、頭の中が真っ白になりそうだった。
さすがにはなたれは堪えた。というより、はなが垂れそうになったら、ティッシュで鼻をふいた。そのために、洋一はポケットティッシュをいくつもいくつも常備していたし、自分の机の横には鼻ふき用のトイレロールをひっかけた。そして、授業中でも休み時間でも、ぶるぶるぶるぶるするたびに、からからからからトイレロールをひっぱって、鼻をふいた。
いつしか洋一は、便所紙と呼ばれるようになった。
中学にはたちの悪いヤンキーがいた。
それはすごくやばい奴らで、町じゅうから恐れられるような連中だった。
洋一にしてみれば、そんなヤンキーは既に同じ人間ではなかった。魔王の国からやってきた魔王集団にしか思えなかった。だから、遠いところから奴らの影を見るだけで、ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる、大変なことになった。
もちろん、ヤンキーたちは洋一を面白がった。
「おい便所紙、金よこせ」
「おい便所紙、気に食わねえから殴らせろ」
ヤンキーたちは、虐めの意識すらなかった。洋一のような者にはこう接するべきだという、彼等なりの常識があった。魔王の国からやってきた魔王ならではの常識の中で動いているだけだった。もっと分かりやすく言えば、魔王どもにとって洋一的な存在は生贄だった。だから、洋一は毎日毎日、当然のように生贄にされた。
うちに帰ると、お母さんが心配そうに洋一を眺めた。
ボコられた顔や学生服の汚れやほころびを心配しているのではなさそうだった。もっと他の何かを心配しているようだった。
ぶるぶるぶるぶるしている洋一にそっと触れ、「うん、まだ大丈夫そう」と呟いた。
洋一はもちろん、全然大丈夫ではなかった。
「だめだ。もう僕はだめだ」
と、洋一はだらだらだらだら鼻をたらしながらお母さんに訴えた。
お母さんは忍びなさそうな顔をしたが、「まあ、しょうがない」というだけだった。
ぶるぶるぶるぶるしながら洋一は「僕が弱虫なのはしょうがないの」と聞いた。
お母さんは軽く首をふり「あんたが弱虫に見えてる間は世界が平和なんだよ。でも、もうねえ」
そろそろねえ。
お母さんは煮物を作りながら背中で呟いていた。
謎めいていたが、洋一はもう、そんな言葉を聞く余裕すらなかった。うちに帰ったそばから、もう、明日学校に行って魔王集団の生贄になることに怯えてぶるぶるぶるぶる震えているのだった。
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