バレンタインデーのルール

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 少年が、目の前で勢いよく誰かを殴り飛ばした。漫画のように吹き飛ぶ、とまではいかないが、殴られた相手は廊下を転がり、壁際まで行ったことから、かなりの力で殴られたのは明らかだった。 「は?え……?」  俺の間抜けな声は、すぐに周囲から上がる悲鳴、いや歓声か?に掻き消された。  殴られた相手を見れば、間違いなく三嶋聖に違いなかったが、この少年の眩しさに当てられた今となっては、酷くぼんやりとした印象になっていた。  聖は何が起こったのか未だに理解していないのだろう。殴られた頬を押さえることもせずに、目をぱちくりとさせ、尻もちをついた体勢で少年を見上げている。 「あ、何だカイチョー様か。喧嘩かと思った」 「あいつ、何かやらかしたのか?」 「いいぞー、もっとやれやれ」 「相変わらずカッコいいな、カイチョー様」  周囲から上がる声を聞けば、口々に少年を「カイチョー」と呼び、止めるどころかさらに煽っている。  カイチョー?ああ、そうか。 「お前は俺の気に食わないことをした」  少年が聖に説教するような口調で言い聞かせる言葉を聞きながら、俺は少年の正体を思い出した。  彼は。遠崎星(とうざきしょう)。 「他人を傷つけ、泣かせた。しかもこのバレンタインにだ。何か言いたいことはあるか」  我が校の、生徒会長だ。 「泣かせたって、そりゃ振られたら泣いたりするでしょう?そんなことくらいで」  星が睨みつければ、聖はひっと悲鳴を上げ、すくみ上がりながら事実を喋っていた。 「だって会長。男からバレンタインをもらったら、あんたは受け取るんですか?断るでしょう?俺は当然のことをしただけで……」 「ふうん、なるほどな」  星が、合点がいった顔で俺の方を振り返り、ん、と右手を差し出す。 「え?」 「そのチョコ、俺にくれ」  言われるままに差し出せば、星は満面の笑顔で受け取った。 「ありがとう。嬉しい。来年は俺のために作ってくれ」 「!?」  あまりの破壊力に言葉を失くしていると、周囲からも歓声が上がった。 「わー、会長、罪な男!」 「いいな、俺も言われてー」  そんな数々の野次馬の声を片手を上げて制した後、星ははっきりとした声で言い放った。 「いいか。今から、新しいルールを作る。バレンタインは、男も女も関係なく、好きな相手に気持ちを伝える日だ。相手が同性だろうと関係ねえ。お前ら覚えとけ」   周りから同意の声が上がる中、星は俺の方を振り返り、右手を差し出した。 「俺は遠崎星。また困ったことがあれば助けるから、俺を呼べ」 「あ。俺は」  温かい手を握り返しながら俺も名乗ろうとしたが、星は遮った。 「お前は流夜だろ。全校生徒の顔くらい頭に入ってる」  さらっと言いのけ、白い歯を見せながらにっと笑った。
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