会長と副会長

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「かい……」 「あれ?そこにいるのは星じゃないか?」  大きな声が聞こえて振り返れば、頭に鉢巻を巻き、エプロンをつけた40絡みの男が立っている。男の背後には寿司屋の暖簾が下がっており、恐らくはそこの店主だろうと思えた。 「おう。父ちゃん、ただいま」  星が元気よく応じるのを見て、驚いて二人を見比べるが、二人は全くと言っていいほど似ていない。父親の方は熊を連想させるような恰幅の良い体つきに、のほほんとした優しそうな目をしているが、息子の方は言わずもがな。  お母さん似なのかな。  と、俺が想像を膨らませていると、星は再び俺の肩を抱き、店の方へと誘った。 「父ちゃん、こっちは鳴瀬流夜。次代副会長。将来有望だぜ」 「おお、そうか。彼がな。お前が修ちゃん以外を連れているのは珍しいと思ったが、うん。なかなかお似合いだ」  星と共にカウンター席に座り、水を一口含んでいた俺はぶっと吹き出してしまった。 「もう父ちゃん、紛らわしい言い方するなよな。会長と副会長としてってことだろ?」  さっと俺におしぼりを渡しながら、星は父親の言葉にツッコミを入れる。父親はがはがはと豪快に笑っていたが、後方から赤ちゃんらしき泣き声が聞こえると、ぱくんと口を閉じる。  だが、一歩間に合わなかったようだ。店の2階から誰かが駆け降りて来たかと思えば、漫画のようにスパンといい音を響かせ、その誰かは星の父親を叩いた。 「……っ」 「うるっさいね。桃が泣くから大声で笑うなって言ってるでしょ!」 「でもよ、華蓮ちゃん。笑うなっていうのはムリな話……」 「笑うなとは言ってない。大声はやめなって言ってるの。いい?分かった?」 「……はい」  まるで夫婦漫才のようなやり取りにくすりと笑うと、星の父親を叩いた女性が振り向く。その顔立ちを目にした途端、あっと声を上げる。  強い意思の宿った眼と、神様の最高傑作のような美しい容貌は、そのまま星を女性にしたらこうなるだろうなという想像そのままだった。 「あら、星の友達?」 「あ、えっと……」  友達と言えるほど、まだ親しいわけではない。思わず星の方を見ると、星は笑みを浮かべて、堂々と答えた。 「俺の大事な人だよ。次期副会長だ」  だい、じな……?  星は父親に紛らわしいことを言うなと言っていたが、星もなかなか際どい発言を繰り返している。 「星会長、大事な人っていうと誤解を招……」 「あははっ」  俺は訂正しようとしかけたのだが、明るい笑い声に遮られた。 「いいね、大事な人か。それは修太郎よりも?」 「……」  笑みを浮かべていた星が、母親の台詞に表情を消す。 「え?会長……?」  修太郎と星の関係って。 「あいつは酷いやつだ。流夜とは全然違う」  初めて見る痛みを堪えるような笑みに、ぎゅっと胸が痛くなる。 「そう。まだそんな顔をするわけね」  星の母親は溜息をつき、俺と目が合うと、星のことをよろしくねというようにウインクをしてきた。  曖昧に笑い返した後、星の父親はただでいくつかの寿司を振る舞ってくれ、和やかな食事の時間を過ごした。星は元通り明るい笑顔になっていたが、あのやり取りを聞いた後だとどこか無理しているように見えた。 「流夜、じゃあまた」  食事を終えた後、星が笑顔で別れを告げるが、俺は挨拶を返せずに、思い切って呼び止めた。 「星会長」 「ん?」 「あの、少し聞きたいことがあるんですけど」 「おー、何だ?」 「ここじゃ何なので、少し歩きませんか」  星は背後を振り返り、店の戸を開けて声を上げた。 「ちょっとその辺まで送ってくる」  店内から星の父親の声が返ってきて、星は戸を閉め、俺と並んで歩き出す。来る時のように肩を組んだりとかはしてこなかった。星も俺の表情から何かを感じ取ったのだろう。 「それで、何が聞きたいんだ?」  店から離れ、川の上の小さな橋まで来ると、星は橋の手すりに寄りかかりながら、俺の方を見る。 「こんなこと、聞いていいのか分かりませんが……」 「いい。遠慮はいらない」  俺は数秒間迷ったが、緊張感がピークに達する前に口を開いた。 「星会長と水戸副会長は、その、付き合っていたんですか?」 「それに答える前に、俺からも質問いいか」  星の目が、街灯の光よりも強い眼光を放ち、俺を貫くように見る。俺は怯みそうになったが、何とか平静を保った。 「はい」 「それはお前の単なる好奇心から出た質問か?それとも、俺に対する下心込みの感情から出た質問か?」 「え?」  思わぬ質問に狼狽えたが、俺は店に着く前、星の前で泣いてしまったことを思い出し、勇気を奮い立たせて答えた。 「たぶん、後者です。俺は星会長が……星、さんが気になっています。否定、しようとしたけど、駄目で」 「何で否定しようとした?」 「それは……だって、俺は失恋したばかりですし。それに、星さんはあまりに、眩しいから」 「眩しい?」 「ギラギラしてて、星というより太陽みたいで、近づくと、目も心もやられる。星さんは、見た目もですけど、生き方もかっこいいから……」  そこまで口にしたところで、はっと我に返ったが、時既に遅し。俺は本人を目の前にして、何を口走っているんだ。  物凄く恥ずかしくなって星を見れば、星は大口を開けて笑った。 「笑わないで下さいよ!」 「悪い悪い、そこまでストレートに言われるとは思わなかったし、俺も流石に恥ずかしいから笑って誤魔化してるだけだ」 「それにしては笑い過ぎですって」 「ごめん。それで?そんなかっこいい俺相手だと、何で気持ちを否定したくなるんだ」 「それは、星さんには一生分からないですよ。決して手に入らないものを前にすると、人間は誰でも臆病になるんです」 「……分かるよ」 「え?」  予想外の言葉に驚いて問い返せば、星は俺から目を逸らし、川の方を見下ろした。俺も星の隣に来て見下ろすと、川面には丸い月が映っていた。  そうか。今日は満月だったのか。  川面にゆらゆらと漂いながら存在するもう一つの月は、どこか頼りなげで、今の自分のようだと思った。少し前の自分なら、好きだという気持ちを真っ直ぐに相手に伝え、告白することもできた。  だが、今は相手が星だというのも大いにあるだろうが、気のせいだったと取り繕うこともできる曖昧な言葉で逃げて、相手に向き合うこともできなくなっている。  すごくかっこ悪いな。  自分が情けなくなった時、星が言葉を紡いだ。 「俺も、流夜と同じだから。俺と修太郎は幼馴染で、ある時、俺は修太郎が好きだと気づいた。修太郎は俺のことを何でも分かってくれていて、誰よりも近くて、俺と同じように想ってくれていると思っていた。だから、告白しても、当然受け入れられるものだと信じて疑わなかった。だけど実際は違った」  修太郎と星が阿吽の呼吸でやり取りしていたのを思い出し、幼馴染と聞いて納得した。もし自分が星の立場であれば、そこに気持ちがあると同じように勘違いしてしまっただろう。 「俺もな、流夜と全く同じなんだ。気持ちを伝えて、修太郎に一蹴された。同性にそんな気持ちを抱けるわけがない。お前はおかしい、勘違いしているだけだってな。笑えるだろ」  星が、乾いた笑い声を上げる。俺はその声が、痛い、苦しい、悲しいと泣いているように聞こえた。  それは自分が同じ経験をしたからとか、それだけではない気がした。 「笑えません。ちっとも」  全力で否定すれば、星は笑うのを止め、背筋がヒヤリとするほど冷めた目で、残酷な台詞を告げた。 「これで分かっただろ。お前は俺と同じだった。だから俺はお前を助けた。俺はヒーローでも何でもない。お前に好きになってもらう資格はない。もう、忘れろ」
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