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「わからなくなったんだ、正解が」  同じキャンバスを見つめていた古江はこちらを向いた。茶化したりなんかせず、じっと静かに僕の話を聞いてくれている。  その振舞いに促されるように、ずっと自分の中でだけ渦巻いていたものが蛇のようにずるずると口から這い出ていく。 「そんなのないってわかってるんだけどさ。考えちゃうんだよ。この色でいいのか」  絵筆をキャンバスに近づけるたびに『この色は本当に正しいのか』と声が聞こえて手が止まる。それ以上、動けなくなる。 「僕が描きたい世界はこの色で表現できてるのか。どの色を乗せれば、綺麗なものを綺麗なまま見せられるんだろうって」  芸術に正解なんてない。そんなことわかってる。  コンクールがすべてじゃない。そんなことわかってんだよ。  コンクールなんて選ばれない人がほとんどだ。運の要素も大きい。今回はたまたま僕の近くの人が選ばれただけ。  わかってる。わかっていても、考えてしまう。 「でも考えても考えてもわからなくてこのザマだよ」 「答えがないもんね」 「まあ結局こわいだけなんだろうな」  僕の描いた絵は誰にも届かないのかもしれない。  そう思うと、手が震えた。  別の誰かが描いたほうがもっと魅力的に出来上がるのかもしれない。  そう思うと、筆が止まる。  僕に見えている世界はとても美しいのに、僕の選んだ色はその世界を汚しているんじゃないか。 「僕はもう自分の描いた絵を人に見せるのがこわいよ」
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