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「陛下には恩がありますから。以前、私はプレティナの王の飼い犬でした。安い飯のためになんでもする……ていのいい奴隷のようなものです。プレティナと戦になった時、まだ幼い豪龍様が私を救ってくださった。皇帝になられる前のことでしたが、父上である前皇帝陛下は豪龍様を可愛がっておられたので、その願いを聞き届けてくださったのです」
「そんな、幼い頃から、戦に……?」
「ここはそういう国です。そして陛下は、それに応えるだけの力がございました」
戦に出るってことは、人を殺めるということだ。
そして自分も、殺される危険があるということ。
あたしなら怖くて怖くて、そんなこととてもできない。
やっぱり皇帝様は特別なんだ。恐怖に打ち勝つ力と、その自信を支える腕があるんだ。
「向いているんですね、戦いに――」
「……そう思いますか? 私は、あんなに皇帝に――」
ミハイロさんはなにか言おうとしたけど、途中でハッとして言葉を切った。だからその続きは、なにかわからないままだった。
「失礼いたしました。余計なことをベラベラと」
「い、いえ」
「不思議です、なぜあなたにこんなことを……あなたがこの国の事情とは、遠い場所にいる人だからかもしれません」
遠い場所……確かに、そうだ。ヒーリストとして派遣されなければ、ここに来ることはなかったし、国の事情や政治的なことなんて、小さなユニ族には関係ないし、言われたところでわからない。
「大丈夫です、ユニの民は口が堅いので。偉い方の治療に赴くことが多いですから、依頼人や国の事情など、絶対に他国で話したりしません。万が一、守秘義務を破るようなことがあれば、信用を失くして、滅ぼされることになりかねませんから」
「……そうですね、お国に帰られても話されないよう、お願いいたします」
ミハイロさんはそう言うと、花畑に背を向け歩き出す。
やがて正門に到着すると、ふと大階段が目に入る。
このお城の一階は、大階段を上った場所から始まっている。だとしたら、大階段の内側はどうなっているんだろう。
こんなに大きいのに、中が空洞か石だけ、なんてことはないと思うけど。
「あの……階段の部分はどうなってるんですか? お風呂は地下だったみたいですけど」
「そうですね、城で暮らしている者たちの風呂がいくつかあります。それから……罪人を裁いたり、拷問したりする部屋も……」
サーと血の気が引いてゆく。
だって、明日にでも、いや、今日にだって、力がないことがバレたら、あたしもそこに連れていかれるかもしれないのだから。そう考えると、他人事ではなかった。
「あなたは知らなくてよいことです。あまり首を突っ込まないよう」
「は、はい……」
「では、城に戻りましょう、次は中を案内いたします。処刑場や拷問場、武器庫など、あなたに関係ない場所以外はお連れしますので」
聞くんじゃなかった、と後悔しながら、あたしはミハイロさんについて、お城の中に戻った。
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