4話:熱夢の帝王

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4話:熱夢の帝王

 御門は続けた。  「学者と権力者の利益を考えれば、ターゲットの家をスタジオに変えるくらい、安い買い物だったよね」  真理は震撼していた。御門の双眸と立ち姿、人間と言うより百獣の王だ。そして特に媚は売ってないし確かに男なのだが、彼の色香に理性が吹っ飛びそうになる。  彼女は思考力をかき集めた。状況を覆さなければ。仲間も同じことを考える。監視団の一人が退きかかった。  「動くな」  御門は銃を地面に向けた。  ーーガキンガキン  威嚇のため発砲したつもりのようだか、出来てない。  「あれ?」  彼が戸惑っている。弾詰まりだ。  真理はこれを見逃さなかった。  「取り押さえて!」  監視団が動いた。すると内数名が曲芸のように吹っ飛んだ。技をかけたのは同じ団員。  真理が目をみはると、大柄な壮年男性の団員が真顔で言った。  「悪いねえ、真理さん。潜入してるの、凪だけじゃないんだ」  「まさか」  「そのまさかだよ。摘発!」  監視団と監視団が共食いのように取っ組み合いはじめた。片方の人数が圧倒的に多く、十五分で乱闘は終わった。  真理は御門が弾詰まりを直せる時間などいくらでもあったことに気がついた。けれど彼は発砲しなかった。  御門は説明した。  「三分の二がブルーフェニックスのスパイだったわけさ。あんたたちがターゲットの私生活に侵入するように、おれたちも何十年もかけて集団ストーカー内部にパイプ作ってるんだよ」    監視ルームは制圧された。おそらく外もーー真理は懐から護身用の銃を出して、自分のこめかみにあてた。南無三。  しかし次の瞬間、得物ははじきとばされた。誰かの射撃によるものだった。  「御門」  「おれのこと、気に入ってた?」  彼が薄笑い。  真理は右足首に違和感を感じた。そちらを見て悲鳴を上げた。大型蛇が巻き付いてくる。  彼女は気がつくと太ももに仕込んでいた銃で蛇の頭を吹っ飛ばしていた。SPではないが武器を使えないわけではなかった。  どうして監視ルームに蛇なんか。彼女が視線をめぐらすと、御門の姿。  大型蛇を首に巻き付けてじゃれあってるのが見えた。彼が真理を振り返る。子供のように笑ったが、瞳が彼女を嘲っていた。  彼女の左足に別の蛇が絡みついてきた。御門の声。  「どうせ投降するなら、一口くれないかなあ」  やってるのは御門だ。彼女は逆上して彼の頭を銃で吹っ飛ばしていた。  冷静に考えれば、一人で抵抗するのは不利だ。制圧されているのにーー  真理は辺りを見回した。誰もいない。左足の蛇もいなくなった。辺りには監視ルームの代わりに、東洋の装飾がほどこされた豪奢な寝室が広がっていた。  明かりはほとんど無い。オレンジの常夜灯が光っているだけだ。正面に頭から血を流して大の字に倒れた御門がいる。  さっきと違うのは彼がアジア系のきらびやかな布を身体に巻き付けていることだ。しかも、女ものではないか?  真理には状況が飲み込めなかったが、大勢のブルーフェニックスはいなくなった。彼女は考えた。逃げられるのでは?  その時、御門がむっくり起き上がった。  「噂どおりの美貌だね」  額に風穴があいているのに言うのだ。真理は恐怖にかられて何発も撃った。  弾切れするまで撃った。御門は蜂の巣になって倒れたがやはり涼しそうに上体を起こした。  違法な薬でもやってるのかと怪しくなるような、なまめかしい笑い方をしている。彼の髪がうなりをあげてどっと伸び、床に流れ落ちた。  見えなくなった彼の顔がもう一度のぞくと、確かに御門なのだか、官能的な唇も、くびれた腰も、あでやかな胸も、女のものになっていた。  真理は夢なら罪を暴かれたのも夢かと思った。しかし、寝室に真理の声が流れた。  ーー一度“ヘルメットで防御出来るんじゃないか”と希望を持たせるのが効果的なのーー  ICレコーダーの音声だ。  「この」  真理は御門を睨み付けた。やはり彼はブルーフェニックスだ。  真理は薄暗い足下に鉄パイプが転がっていることに気がついた。贅沢な寝室に似つかわしくないと思ったが拾い上げた。  次は下半身に三たび蛇がまとわりついたと思った。しかし振り返ると御門だった。  彼を彼と言ったらいいのか、彼女と言ったらいいのかーー、いつの間に真理の背面に回ったのかわからない。  御門は両膝をついた祈りのような姿勢で、両手を真理にからみつけてきた。その手が真理の胴体をゾロゾロ這い上がってくる。人間じゃない。  真理は足技で御門を蹴飛ばした。間髪入れずに鉄パイプで彼の頭を吹っ飛ばした。暗くて視界が狭いため、御門は闇にのまれて見えなくなった。  真理は確実に御門の頭蓋骨を潰したと思った。しかし、次に何かが天井から降ってきて真理におぶさりかかった。真理は悲鳴を上げた。相手が御門だったことで更に恐怖をあおられた。  真理は御門をひっぺ返すように投げ飛ばした。次に自分の腰に重みを感じて触れてみると、巻いた覚えの無いベルトから全長50センチあまりの斧が下がっていた。  仰向けに倒れた御門が上体を起こした。真理は迷わなかった。斧を振り上げ、御門の上半身を肩から心臓まで、バッサリ両断した。確実に背骨を切断したはずだ。でも御門は、笑っていた。  真理は豪奢な寝室がどこだかわかった。東洋の古代君主が、毎晩襲って来る女食人鬼と死闘を繰り広げた舞台だ。    真理が斧の柄から手を放せない中腰でいると、食人鬼の青ざめた両手がスルスル伸びて、真理の首をとらえた。真理は相手が男の御門であることに気がついた。流れる長髪も、豊満な胸も、もはや無い。  彼は真理を自分の間近に引き寄せた。  「面白かったよ。さよなら」  彼の唇が彼女の口をふさいだ。彼は彼女をついばんで顔を離した。  途端に真理は炎に包まれた。ガソリンをかけられたかのような燃え上がり方。彼女は絶叫していた。  転げ回りそうになるのだが、彼の両手が火の鳥を面白がるように彼女の首をつかまえていた。彼の狂った好奇心に彩られた眼が真理を見てる。炎は彼には燃え移らなかった。  「凪、終ったか」  「うん、あっけないね。みぞおち一発」  凪は仲間に答えた。ブルーフェニックス第三部隊隊長、雨風は指示を出した。  「じゃあ彼女、連れて来てくれ。撤収だ」  「了解」  凪は気を失った真理を担ぎ上げ、監視ルームを後にした。  後日、凪が噂で聞いた話だと、高崎真理は外傷ゼロで半身不随になったらしい。精神的なショックが原因という事だった。  凪はその演技力から、熱夢の帝王と呼ばれる事があるが、高崎の件と自分の演技の因果関係については、彼自身にもわからない。
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