ティア・テイスティング

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「では、次の問題です。こちらはどうですか?」 別のスポイトを用意した講師が、再び私の手の甲に雫を垂らす。もちろん前回のや自分の唾液と混合しないよう、手の甲は毎回ウエットシートで拭いて、ティッシュで乾かしてある。 慎重に舐めとり、じっくり味わう。 「あ、今度のはしょっぱくて苦いですね。それでも奥に甘み…酸味もあるような…?」 回を追うごとに涙の味は複雑になっている。 苦味は苦しさ、塩気はつらさや悲しさ、甘みは喜び、特に恋愛感情…テキストの一覧を見ながら考える。 この味になるシチュエーションは、なんだ? 「そろそろ時間ですよ。答えは出せましたか?」 講師が告げる。自信はないが、答えるしかない。 「塩気と苦味から、信じていたものに裏切られるといった感じでしょうか。奥に甘さとほのかな酸味があったので、恐らく…付き合いの長い恋人から、ですかね」 少しの沈黙のあと、講師は拍手で応えてくれた。 「貴方は本当に素晴らしい。こちらは10年連れ添った夫婦の、浮気発覚時のケンカで採取した涙…を再現した人工涙です」 「よくそのタイミングで採取させてくれましたね…」 「ポイントとしては、やはり酸味ですね。他の味わいから恋人の裏切りまではたどり着けるのですが、満点回答は『長年連れ添った』が入らなくてはなりません。酸味は発酵と関連が深いので、感情が蓄積した時間を感じる指標になります」 私の呟きには反応せず、高揚した口調で講師が解説する。つまり、何かの感情を長く持っていればやがて発酵し、酸味を帯びるということか。 「似たようなのがあるので、試してみますか?」 ごそごそとスポイトを取り出して見せてくる。 「じゃあ、せっかくなんで」 ポタリ。ペロリ。 「ん!さっきのと同じような味ですが、だいぶ濃いですね!どの味も主張が強い…」 「これは高校生から採取した、幼馴染みにフラれた時の涙です。シチュエーションは似ていても、これだけ味の差が出るのは面白いでしょう?」 「若い分、感情の振れ幅が大きいってことですね」 テキストの最初のほうに書いてある基礎知識だ。多感なお年頃のほうが味にメリハリが付きやすいらしい。 「えぇ。強い感情には強い味が宿るんです。涙は感情の鏡ですから、感情がそのまま味になるのが面白いですよね」 ホワイトボードの板書を消しながら、だから自分が泣いた時に味で感情を分析できるのは強みですよ、と講師は笑った。
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