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2. 後輩 赤井
「今からさ、先輩の家、行っていい?」
同じ部署の赤井が電話の向こうで言った。
坂本と別れた後帰宅してシャワーから出たところだった。
「なんで?」
「なんで?あー、えっと今飲んでて、ちょっと帰れなくなっちゃって。明日早いから、泊めてほしくて。ダメ?」
わたしの家は会社の近くにあって、終電を逃した後輩や同僚がときどき泊まりに来る。
赤井は今年2年目の後輩で、だいぶ歳が下だ。
「いいよ、しょうがないから。床で寝てね。あとタバコとお酒買ってきな」
「うん!わかってる。赤いのと甘いのだよね。ありがと、だいすき!」
「タメ口…」
電話を切って時計を見るとまだ日を越えてない。
ん?終電あるじゃん。
10分ほどして赤井がインターホンをならした。
「早すぎ、あんた下で電話したでしょ?あとさ、まだ終電あるじゃん」
えへへ、と笑ってごまかして赤井はコンビニ袋に入った貢物を渡す。
マールボロと杏露酒。ほかにちょっとおつまみと缶ビールも入っていた。
「わたしビール嫌いなんだけど」
「それ、僕の」
「あ、そ、はいどうぞ」
とりあえずいつものようにダラダラと飲みながら話す。
「何してたんですか?飲んでたの?」
「うん、ちょっと飲み友の恋愛相談」
「え、恋愛相談?どんな?ねえ恋バナ?」
赤井、しっぽが見えるわ。6歳違うと別の生き物だな・・・
「ちょっと大人の内容だから言えませんね君には」
居酒屋で男とSMの話をしていたなんて会社の後輩に言えるわけが無い。
「・・・・っ」
赤井はぐっと言葉に詰まり顔を赤くして下を向いた。
いつもは応戦してくるのに、どうした?言い過ぎたか?
「あ、ごめん、傷ついた?ちょっと恥ずかしいから言いたくないだけだよ、だから泣くな」
「は?別に泣いてねーし、俺だって明日からお泊りデートだし!」
くぅ。いきなりの俺呼び。からのデート発言。
「デート?デートって言った?お泊りで?じゃ、なんでここ居るの?バカなの?」
「バカっていうなよ、先輩でしょ?もっと優しく言えるでしょ?」
「は?そういうのはタメ口やめて先輩を敬ってから言いなさい。ほんとかわいくないわ~腹立つわ~明日のデート失敗してしまえ~」
いつものようにケラケラ笑って赤井を見たら今にも泣きそうな顔。
し、しまった…
「え、ちょっと、ごめん。えーマジでごめんデート、デートうまくいくよ大丈夫あんた顔かわいいし、やさしいし、ほら、新人ちゃん達からもイケメンだって評判よ、ね?。」
「ハードル、あげないで。緊張して吐きそう…」
どうやら赤井は初めてのお泊りに緊張し、相談する相手も見つからずうちに来た。
そういうことか。
「あのさ、わたしはそっちの指導を担当した覚えはないけど?あんた最低だね…彼女にもわたしにも失礼なことしてるの、わかってる?」
腕組みして上からにらみつけているわたしを、赤井は正座した状態で眉毛を八の字にして見上げた。
小さくなった赤井が「ごめんなさい」と言った。
それからわたしは赤井に黒川のことを話した。
黒川とは高校卒業後に付き合うことになり、一人暮らしをはじめた彼と、わたしはしばらく一緒にいたのだ。
お互い初めての相手だったから、手こずって、その度なんだか恥ずかしかったような気がする。
「だけど、黒川が今の赤井君みたいにしてたら、その時のわたしはたぶん嫌だったと思うよ。赤井くんも、いいじゃん別にそのままで、その方がかっこいいし嬉しいよ。」
「わかった。ごめんなさい。ちょっとパニクりました…」
ぶふっ
急にふき出して赤井は笑った。
涙目で大きな口を開けて笑う赤井はとてもかわいくていとおしかった。
「はー、先輩ありがとね。なんか気が抜けた。」
「ん、頑張って。それよりも、わたしは昔のこと思い出して、今、猛烈に恥ずかしいよ。赤井くんの馬鹿め。」
いっしょうけんめいな赤井を「かっこわるい」と言う女なら、別れてしまえばいい。そんなのは大した女じゃないから。赤井は男前だからさ、大丈夫だよ。
「だめだよ先輩。そんなに言われたら先輩のこと好きになっちゃうよ」
と静かに言って床の毛布にくるまり、あくびをしてすぐに寝息を立てた。
わたしは残りのグラスをあけ、ベランダに足を投げ出して月を見ながらタバコを吸った。
「ほんと、無邪気は罪だなぁ…」
今日はいろいろしゃべりすぎた。脳みそ、冴えちゃったな。腿の内側も熱くなっている。欲求不満か、わたしは。最悪だ。
「なんかむかつくな、赤井め。ドロドロに溶かしてやろうかな、この際」
ベランダの窓を閉め部屋に戻ると、すぐ横にくるまって寝ている赤井がいた。
赤井の下唇を親指と人差し指でそっとつまんでからゆっくりなぞる。
唾液の付いた指を顎にあて、ちょっと引き上げると、寝息とともに赤井の喉の奥から声が漏れた。
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つづく
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