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3 ゲームの行方
次に大和が選んだのは、500円玉だった。
水の膜は、もう限界まできている…。
ゲームを左右する、大きな決断だ。
「よしっ!」
大和は、一度気合を入れると500円玉を、水に近づけ、水の膜に触れた瞬間、パッと指を離なす。
500円玉は大きな水の揺れを引き起こして、グラスのフチいっぱいっぱいまで迫る!
…が、フチを越えることなく、落ち着いた。
「……いよっしゃぁ!!」
両手を握りしめて見つめていた春香は、大和の喜びように、そんなに自分を勝たせたくないのかと思わず、恨みがましい目で、じとりと睨んでしまう。
もう、水の膜は本当に限界だ。
おそらく、ここで春香が無事に終われば、きっと大和の時はもたない。
そんな大事な時に、どの小銭を選んだらいいのか…。
春香は、ふと5円玉に目が止まった。
そういえば…いつだったか、祖母が言っていたことがあった。
祖母がお寺や神社に行った時、賽銭箱に入れるのは必ず、5円玉と決めているのだ…と。仏様や神様と5円…「ご縁」を結んでもらうために…。
その時は、ちょっと古臭いな…と思っていた春香だったが、今は本当に神頼みでも何でもしたい気持ちの春香は、5円を手に取った。
お願いっ!私と大和の縁を結んでくださいっ!
春香は、5円を持った指を水面に近づける…5円に水の膜が吸い付く。緊張のあまり、指先が小刻みに震えてしまって、水の膜も震える…。
お願いっ!
春香が指を離すと、5円玉が底に沈む…
「………あっ……」
水がグラスのフチを越え、つぅーっと側面を伝う。
春香の…負けだ。
負けてしまった……。
これで、勝てたら…もし勝てたら、伝えようと思っていた大和への想いも…伝えられない…?
春香は呆然と立ち尽くす。
「………った」
同じように呆然と結果を見ていた大和が思わず、呟く。
「俺…勝った…俺が勝った!!」
妙に興奮し、そわそわし始めた大和は、二回ほど深呼吸をして、
「よしっ!」
と、気合を入れると、まだショックで呆然としている春香へと向き直った。
「春香っ!ずーっと前から好きでした!俺と付き合ってください!!」
そう叫んで春香に手を伸ばし、頭を下げる。
「………え……?」
春香は何が起こったのかよく理解できず、差し出された手を見る。
告白の仕方が一昔前っぽいな……告白…?え?私、告白されてる??
差し出された手の指先が、緊張なのか小刻みに震えている…。
それを見た瞬間、春香の中で、今までの大和への想いや、勝負に負けたショック、告白されたことへの驚きとか、そんなものが心の中で渦巻いて、暴れて、飛び跳ねて…涙となって溢れ出る。
長い事反応がないことに不安になった大和が、そろそろと顔を上げて…ギョッとした顔で驚き、あたふたする。
「ちょ!え!!は、春香っ!な、ご、ごめん!そんなに嫌だったか…?」
言葉にならず、しゃくり上げながら、首を横に振った春香は、そのまま大和の胸へと飛び込む。思わずそれを抱き止める大和。
「え…は、春香?」
「……バカ大和…」
「おい…バカって…」
「…私から言おうと思ってたのに…」
「…え?」
「…私も…私も好き…」
「……マジ、で…?」
うなずきながら、大和の背中に手を回す春香を、大和もしっかりと力を込めて抱き締める。
「そっか…うん、そっか…」
やっと思いが通じあった二人へと、夕暮れの温かみがある光が包み込む。
あれだけ降っていた雨は、どうやら止んだようだ…。
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