悲しい・悔しい・嬉しい

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「おめでとう。」 部長から賞状を渡された。 「ありがとうございます。」 私は一礼し受け取った。 私の開発した薬品がある業界にとり、とても画期的な効果が出る物として 表彰された。 すると部署内にいた社員からの拍手と 「おめでとうございます。」 の声が響く。 「ありがとう。」 その声と心地いい音を聞きながら、私は歩き出した。 色々な資料や個人の物を詰めた大きな箱の上に置いた賞状を見つめる。 (この日を迎える間の日々を思うと・・・) 半分くらい片付けが終わったマンションの部屋。 「まだ少し時間はあるから、今日は・・・。」 寝室にしている和室には二人の写真がある。 本当ならこの日を三人で迎えるはずだった。 信号を無視した車が二人を空へと連れ去った。 妻は子供の方へ必死に手を向けようとした状態だったと聞いた。 「あいつは最後まであの子を守ろうとしていたのか。」 いつからだったかな・・・ わが子に異変が起こるようになったのは・・・ 未曽有の伝染病に世界が揺れた日々。 まだ学生だった子供の日常に大きな影を落とした。 自然災害とは違い、目に見えないものとの戦いは恐怖でしかない。 それも繊細な神経の持ち主だった子供に影響があったとは思う。 ただ、ああなる前から前兆はあった。 人とのコミュニケーションが少しずつとれなくなっていたようだ。 会話に友達の話が出ない。 でも、自分も典型的な理系人間で、深い友達関係を求めてはいないから、その点は特に気にならなかったが、自分に対しての自信の無さは問題だった。 まだ人々の行動に制限がかかる前は、一人で遠出をしていたから、一人で行動できる方がいいと思っていたから、そのまま進んでいって欲しかった。 後に日常が制限され、人との隔離を求められるようになると・・・ 徐々に彼が独りになった。 親の私たちでも、専門の医者でも、薬でも、彼を救えずにいた。 部屋の物を投げる事もなく、私たちや他者に暴力を振るうわけではないので、時間を待った。 自信が出ず、やる気が出ないまま、日常を過ごしていた。 (このままずっと、こうなのか・・・) 私自身もまだまだ先が長い。 それにやる気がある。 海外支店への希望もあるし、また新しく開発したい。 そんな自分と子供を比べてしまう時があり、いらだちを感じていた。 自分が大きな声で話し、子供が委縮する日々も多くなった。 妻がなんともやるせない顔で私たちを見ているか、顔を背けていた。 妻はいつも明るく元気に振舞うことを演じていた。 彼女自身も本当は冷静で感情に流されない方だと思う。 ただ、コミュニケーション能力はある方なので、人当たりはいい。 そんな妻だが、やはり目を背けたい現実には勝てない日があった。 三人が三人とも望んでない日々が続き、息が詰まりそうなある日の事だった。 二人が自分の生活からいなくなった。 こんな悲しい涙を流す日がくるなんて・・・ こんな悔しい涙も久しぶりだ・・・ この涙は一人で耐えられるし、耐えなければならなかった。 どれくらいの涙を流しただろう。 冷静で感情に流される方ではない自分にあれだけの涙が流れるとは 思わなかった。 でも今後二度と経験する事はないだろう。 それでも日常は止まることなく、全てを過ぎた事にしてくれた。 過ぎた日々がどれくらいかわからないが、社員の顔が変わってきてるから ある程度の時間が過ぎたのだろう。 そして今日を迎えたのだ。 二人の写真を前に晩酌をした。 「希望の支店に移動が決まったし、新しく開発もできた。あの頃に話していたよな。」 きっと妻がいたら、大げさに喜んでくれたはず。 子供のたまにでる笑顔をしてくれたはずだ。 三人が心から嬉しいと思える日だったはずだ。 もしかしたら、変われるチャンスだったかもしれない・・・ 「そんな事はないか・・・」 何度も期待しては裏切られた。次第に向き合うことは少なくなった。 ポタッ あれ? 何かが畳を濡らした。 自分の事だけに集中できて、結果が出た。 素直に嬉しい。心が喜んでいる。その思いから出た涙だ。 嬉しい時に流れる涙がある事を初めて知った。 そして・・・ 誰かと分かち合いながら流したいと・・・。 「嬉しいけど・・・一人で流す涙はつらいな・・・」 そんな自分の思いとは裏腹に流れるうれし涙。
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