なんてことだ

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なんてことだ

「朝ごはん…… できたが…… 」 なぜ俺が国親の朝ごはんまで用意しているのだろうか。 「さんきゅー、おっ!うまそー!」 忙しい朝なのに、ハムエッグまで作ってしまった。普段は休みの日にしか作らないのに…… 自分がよく分からない。 「うまいっ!うまいっ!一朗太、女だったらいい奥さんになるねー!」 ニッコニコの顔で、美味しそうに食べながらそんなことを言う。 「料理を作るのが女性と決めつけるのは良くない。そういうところではないのか? 君が付き合った女性と長続きができないのは」 美味しいと言ってもらえて嬉しかったのに、そんなことを言ってしまう。 「なんだよ、俺が振られたみたいに言わないでくれよ」 「違うのか? 」 「全然違う、俺からだから、別れるの」 「それもひどいな」 「なんでよ」 「簡単にあちらこちらに女を作っているということだろう? 」 「簡単にって、ほんと、一朗太は言い方に容赦ないよな」 国親が俺のマンションに居座って、もう半月は過ぎている。 毎日のように 「早くここを出て行ってくれ」 とは言っている。 言い方が弱いのか…… 確かに、ガツンとは言えていない自覚はある。 でも、駄目だ、何をしているんだ俺は、と自分を戒める。 追い出していいだろう、こんな無礼で勝手で軽薄な男。 なのに…… 「一朗太、今夜は俺がめし作って待ってるよ」 なんて言うんだ。何も作れないくせに。 「断る、先日鍋をひとつダメにしただろう、これ以上何か壊されたらたまらない」 「大丈夫だよ、ほら、スマホで簡単メニューって調べたから、な、」 簡単メニューの画面を俺に見せてにっこりと笑う顔が、すごく、爽やかというか、かっこいいというか、ずっと見ていたいほどに素晴らしいんだ。 「ん? 」 いけない、見入ってしまっていた。 「あ、いや…… いまさらだが、君は仕事はしていないのか? 」 「まぁ、まぁ、そうねぇ〜」 この時、初めて少し気まずそうにした国親で、その顔だって俺には可愛く見えてしまった。 「ヒモか」 「違うわ、ちゃんと金は渡してたわ」 「…… 収入源はあるのか」 「まぁねぇ〜」 のらりくらりと答える国親を怪訝に思ったが、それだって俺には関係ない、近くここを出て行く、どうでもよいことだ。 「あ、一朗太にも、お金はちゃんと渡すから」 「いい、一日も早く出て行ってくれればそれでいい。では、俺は仕事に出かける」 冷たく言って、スーツの上着とバッグを持って玄関に向かった。 「いってらっしゃ〜い」 あとに付いてきて、俺に手を振る国親。 少しずつ、情がわいてきてしまっているのが自分でわかる。まだ、『情』だ、恋愛感情ではない。 だから一日も早く出て行ってくれ、いや、俺が強く言って追い出せば済む話しだが。 けれど、ほんの少し楽しく感じる生活。 忙しい仕事に疲れて帰ってきた時に、満面の笑みで「おかえり〜」って、国親が迎えてくれる毎日に少しの潤いを感じ始めてしまっているんだ。 国親、君を本気で好きになってしまったら、どれだけ辛い思いをするだろうかと想像ができてしまって苦しい。 俺が同性愛者だと知らない国親、それを知ったら、さすがに出て行くだろうか。 だったら、言ってみるのも手かもしれない。 早く国親とは縁を切らないと、俺の心はとんでもないことになってしまうと、そう思った。 明日は休みだ、なんとしてでも国親には出て行ってもらう、今夜きちんと話しをして分かってもらうんだと、心に決めながら仕事をしていた。 お別れだ、国親と離れる。 今ならまだ、間に合う…… なにに? 自分に問いかけて、もやもやとする。 「ただいま、帰りました」 こんな挨拶も今夜が最後だと思いながら、ダイニングの椅子にバッグを置き、背もたれに上着を掛けた。 「おかえり〜」 君の笑顔に迎えられるのも、これが最後だ。 そもそも「ただいま」なんて、もう二年も言っていなかった。 また暗い部屋に帰ることになるのだなと思いながら、君のその笑顔に俺も笑顔で返してみたりした。 切なさを隠すために…… 。 しかし、だ。 なんてことだ。 「なぁ、一朗太、なに? これ? 」 はっ! 俺の顔が一気に青ざめ、体が固まって動けなくなる。 「これ、女に使ってんの? 」 国親が手にしているのは、俺が自分で楽しむためのアダルトグッズ、電動バイブ。 ベッド横のチェストの引き出しにしまっていた。 部屋に入ったのか? あさったのか? って、そんなことを問い詰めたところで、今のこの状況をどうにかできるものではないし、その電動バイブが消えてなくなるわけではない。 顔面蒼白になっている俺の顔を覗き込む国親。 「こんなに真面目で堅物でさ〜、セックスとか興味ないと思ってたけど、やっぱ男なんだね〜」 バイブをくるくると、品定めをするように見ながら興味津々な顔。 「俺、女にこんなの使ったことないよ。面白い? 」 え? あ、女性に使っていると思っているんだな、俺が使っているとは思っていない、セーフ、か? ああ、と言うんだ。 面白いぞ、と言うんだ。 そうすればこの場はしのげる、なのに言葉が出てこない。 さらに、 「まさか、一朗太が自分で使ってたりして」 などと言いだす。 国親は完全に冗談で言っていたのが分かる。 それなのに顔が引きつり、俺はまるで金縛りにでもあったように動けないでいた。
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