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知らない男
── 誰だっ!?
俺の部屋の玄関塞いで寝ているやつは…… 誰だ。
仕事で遅くなり、家に着いたのはもう日をまたぐ頃。明日も早い、早く風呂に入って寝よう、そんなことを考えながらだから歩く足が速くなる。
腹は空いていない、仕事をしながらコンビニのおにぎりを食べておいてよかった。
二ヶ月前に借りたばかりのマンション、都内で割と駅にも近くて交通の便もいい。1LDK+サービスルームの部屋、少し家賃は高めだったけれど一流商社に勤めて五年目、そのくらいの収入は得るようになっていた。
エレベーターで五階まで上がる。
ここまでたどり着くとホッとする。
「!」
ホッとしたのも束の間。
その時、俺の部屋の玄関ドアに背を預け、足を前に出して座り込んで…… いや、もはや寝ている男に気付く。
誰だ!
おまえは誰だ。
恐る恐る近付いた。
グースーピーと気持ちよさそうに寝ている男、知らない、誰だ。
しかし…… 途轍もなくイケメンで俺の好みにドストライクだ。
綺麗な顔だな、思わず見入ってしまったが違う、そうじゃない。俺の部屋だ、どいてくれ。
「…… もしもし」
顔を少し近付け、綺麗なその寝顔に声を掛けた。
「ん…… んんーん…… 」
「あの、すみません…… 」
ここは俺の部屋の前だ、なぜ「すみません」なんて言ってしまったんだ、不本意極まりない。
「失礼だがっ!」
少し大きな声を出してみた。しかし深夜だ、ご近所に迷惑になる、気を取り直して目の前の男の肩を揺すった。
「君、起きたまえ」
「んー…… 」
「酒くさいな、酔っ払いか? 」
「あ、帰ってきたんだシオリ、遅かったな」
シオリ? 誰だ、それは。
「私はシオリなどではないが」
「んん? あれ〜、ちょっと見ないうちにシオリ、随分と綺麗になったなー!」
俺を「シオリ」と呼ぶ男は、酒のせいかほんのりと頬を赤く染めて俺の顔に見入っているが、どうも焦点は定まっていないように思える。
間近で見るとさらにいい男だな、なんて思ってしまいハッと我に返る。
「すまないが、ここは私の部屋だ、どいてくれたまえ」
「…… いつからそんな喋り方になったんだよ、シオリ」
「だから、俺はシオリではないっ!」
はっ! また大きな声を出してしまった。
「今夜寝るとこないんだよ、泊めてくれよ、シオリ〜」
…… 寝るところがない?
「自分の家に帰ればいいだろう、遠いのか? 」
「うーん…… 遠いの、めっちゃ遠いの…… 電車がもうないの」
途端に甘えた声を出すものだから、どきりとしてしまう。
「と、とは言え…… 私は君を知らないし、部屋に入れるわけにはいかないが」
「シオリ、冷たいこと言うなよ、そんなジジくさい喋り方して〜」
「ジジくさいだと? 」
途端に眉間に皺が寄ったが、当の本人はそんな俺に全く気付かず、玄関のドアどころか、ドアの前を塞ぐように廊下で横になり寝る始末。
「ちょ、ちょっと…… ど、どけって…… 」
男の腕を引っ張ってみるが、見た感じは俺と変わらないかもう少し大きそうな男、だとするとかなり大きな人間だろう。びくともしない。
俺が家に入れないではないか!
ビジネスバッグを廊下に置き、男の脇の下に手を入れて持ち上げてみる。
「くっそ…… 重いな…… 」
ずずっと、ほんの十センチほど動いただけ。
仕方ない。
「…… 玄関でいいか? 家に入れてやるから起きてくれ」
そう言った途端に目を開け、
「まじっ!? さんきゅうー!シオリっ!」
だから、俺はシオリではない。
というか、わざと寝てたのか? 酔っ払ってないのか? でも俺をシオリとやらと完全に間違えてるしな、どっちなんだ。まぁ…… どっちでもいいか、とにかく一秒でも早く家に入りたい。
「今、布団を持ってくるからここで寝たまえ」
玄関から上がったすぐの廊下に彼を横にした。
「みず…… 水、ちょうだい、シオリ」
俺のこめかみの血管が少し浮く。
明日も早いんだ、とりあえず水でもなんでも提供してこの男から離れよう。
「さぁ、水と掛け布団だ、床は痛いだろうが外で寝るよりましだろう、では失礼する」
彼が寝転んでいる横に水を置き、体の上に布団を掛けてやった。
水が欲しいと言ったくせに、すっかり気持ちよさそうに寝てしまっている、本当に綺麗な顔。
コップに注いだ水ではこぼしてしまうかもしれない、500ミリのペットボトルの水と差し替えた。優しさじゃない、こぼされたら困るからだ。
風呂から上がって寝る前に、もう一度彼のそばに寄ってみた。
気になったわけではない、生きているか確認しただけだ。
明日の朝には叩き起こす、出て行ってもらおう。
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