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休日の午後、恋人が淹れてくれたカフェラテを飲みながらソファーでまったり寛いでいた。
「やだっ――嘘でしょ!?」
テレビの上部に表示されたニュース速報に目を疑った。
「どうした?」
テレビに釘付けになっている波瑠に恋人が尋ねる。
「ああ……えぇっ!? マジか!」
テレビに視線を向けた恋人も声を上げ身を乗りだした。
「GALANTって、あのGALANTだよな? 歌手の」
頭の中は真っ白で、恋人の声がくぐもったように遠くのほうで聞こえていた。
――俳優としての演技力も高く評価されていた歌手のGALANTさんが、今日正午頃、F駅近くの路上で女性に暴行を加えたとして、駆け付けた警察官に現行犯逮捕されました――
「こえーな。ストーカーだって」
「ストーカー……」
頭の中で、彼の曲が流れていた。
瞳を閉じても君だけは映る
君は僕だけのもの
永遠に……
甘いラブソングに浸り、自分もこんな風に愛されたいと望んでいたが、実は自分の勝手な解釈だったのかもしれない。ラブソングだと思って聴けばラブソングだが、そうでないとしたら――
それに気付いた波瑠に戦慄が走る。
彼が主演だった前クールの刑事ドラマは、毎週欠かさずに見ていた。犯人を追い詰める迫真の演技は、役柄というより元々彼に備わっている性質だったのかもしれない。
――過去にも数回、女性ファンとの交際トラブルがあったようです――
カップを持つ手が震えだした。
カフェラテを飲むようになったきっかけは、GALANTが出演していたスティックタイプのカフェラテのCMの影響だった。コーヒーの深いコクと甘いミルク、そして包み込まれるようなあの言葉にいつも癒されたのだ。
「頑張り過ぎてない? 一息入れよう」
カフェラテの湯気に顔を埋めると、彼の柔らかい笑顔が頭に浮かび、プレッシャーと焦りとストレスでガチガチに凝り固まった体が、ふわりと解れるような気がした。
そんな彼に一目会いたくて初めて行ったライブでどハマりし、気付けば熱狂的なファンに混じって、ライブ会場で出待ちをするようになっていた。彼の情報は隈無くチェックしていたが、ファンとの交際トラブルがあったことは、寝耳に水だった。知っていれば、あんなことはしていなかっただろう。
波瑠は思わず恋人を見上げる。
「いやいや、俺はそんなことしねーよ!」
「ごめん……」
「え、どうした?」
突然眉をひそめた波瑠に、恋人は複雑な表情で尋ねた。
「私、好きだったんだ」
「この流れからいくと……それは、俺じゃなくてGALANTだよな?」
「……うん」
「へえ、そうだったんだ……意外。推しってやつか」
予想通り、「推し」という概念について理解できない恋人は苦笑いしている。良好な関係を維持するために徹底して隠していたのだ。
「もう二度と会いに行くことはないけどね」
そう口にしたが、問題はそこではなかった。
ファンレターを送った時に記入した住所。年齢。あとは、自分を知ってもらいたいという思いから同封した写真。それから、携帯番号も――
彼には自分の全てを知られている。徐々に見返りを期待するようになったのがいけなかった。
恋人が出来るまでの波瑠は、推しにガチ恋していたという訳だ。
手の震えは収まらず、やがて大きくなったカフェラテの波がカップを越えた。
「動揺してんのか?」
何も知らない恋人はテーブルを拭きながら茶化してくる。
推しを失って、恋人までも失うかもしれない――
何とか心を落ち着けようと、両手でカップを持ち上げ恋人が淹れてくれたカフェラテをひとくち含むが、もはやカフェラテには癒し効果は全くないようだ。
《完》
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