その三

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「あなたがドラゴネシア様をご存じならば――」  ヴェリカはその先を続けられなかった。  あなたと同じぐらい会話が楽しい方なの?そんな事を尋ねてどうするのだと彼女は気が付いたからである。  けれど急に大事な事のように思った。  彼女の両親は貴族の範疇外と罵られそうなぐらいに和気藹々と、仲がとても良い夫婦だったのである。 「君は」 「え?」 「――俺も君のドラゴネシアと同じ条件だ。恐らく俺が君のドラゴネシアと同じ条件で君を娶ると言っても君は断るのだろうな。君は俺が第一印象で好ましくない男だと断じているらしいからな」  ヴェリカはゆっくりと首を横に振った。  目の前の男性は好ましすぎる、と悲しく思いながら。  だからこそ彼女は彼こそ駄目だと思う真実を告げようと思った。  彼が自分が不細工だと思い込んでいるならば、それは違うと伝えたかったのだ。 「あなたは素敵すぎるのよ。ひと目で誰もが恋しそうなぐらいに美男子だわ。そんな人との結婚、叔父夫妻が許すわけないでしょう?あなたが挨拶に来たその日、従姉妹達があなたの膝に乗ってあなたとの結婚を勝ち取るわ」  男の瞳は天啓を受けたかのように見開かれた。それからヴェリカに優しく微笑むと、まるで夫婦の会話のような気さくさで語りかけて来た。 「君はそんな女達に膝に乗られた俺を助けない、と?」 「だって、私は部屋から外に出して貰えない。亡くなった両親の友人や母の親族が私に会いに来ても、私は誰とも会わせてもらえなかった。だから私はドラゴネシア様を望むの。彼ならばどんな障害も打ち破って私を助け出してくださるから」 「――素晴らしいな、ドラゴネシア様は。そして君は大ウソつきだ。どうして幽閉されている君がここにいるんだ?不遇なはずなのに君のドレスはどう見ても最新のデザインだ」 「私は今夜に賭けましたの。失敗すれば明日からは修道院暮らしでしょう。親友となった人を裏切ることにもなるわね。成功した暁に彼女には店を持たせると約束してドレスを作って貰った上に、この会場に紛れ込む手引きまでしてもらったのよ。私の母の形見の真珠のネックレスだけでは足りないわね」 「そうか。だけど俺は君が屋敷を抜け出した方法こそ知りたいな。それが出来るならば俺のもとへと逃げ出して来れるのではないのか?」  ヴェリカはにっこりと微笑んだ。  形あるものは殆ど全て叔父夫妻に奪われたが、形の無い使用人の心は奪われてはいなかったのである。 「本日屋敷を辞める使用人の荷物の一つに潜ませてもらったの。長く勤めていた彼だから、引き上げる荷物が沢山でも誤魔化せる。でも、私の為に父から譲られていた父のコートや本を諦めることになったのは申し訳ないわ。彼は何も無い私に父の形見を残せると笑って許して下さいましたけど」 「――君の名前を教えてくれ。たぶん、あのアランのことがあるからドラゴネシアは会場にはいないはずだ。だが、俺が彼に伝える。彼が君を救いに現れるはずだ。ただ、約束してくれ。兜を脱いだ奴がどんな奴でも君は受け入れると」  ヴェリカは男に向けて腰を屈めた。  王族に向けるぐらいに正式なるカーテシーを捧げ、彼女は自分の名前を告げた。  ヴェリカ・イスタージュ。  イスタージュ伯爵家の娘です、と。 「屋敷に戻る手はずは俺に任せてくれ。君にも算段があるやもしれんが、全ては俺に任せてくれた方が確実だ。協力者には大丈夫だと伝えて、この先にある控室で待っていて欲しい。レティシアを土産にしていれば、ドラゴネシア専用控室を好きに使っても大丈夫だ」  男はヴェリカに一般客が立ち入れない控室がある方角を指し示した。  ヴェリカは男に向けて再び膝を折った。 「ありがとうございます。名も知らぬ親切な方」 「俺はいつでも名乗りたいがな」 「結婚前の娘には婚約者以外の男性の名前は不要です」  ヴェリカは言い切った。  一生心に残してしまわないように、絶対に名前を知ってはいけないのよ、と、彼に向かって心の中で呟きながら。  それから彼女は、自分にできることへと動いた。  十二歳の自分を救い出すように、不遇なレティシアを助けるのだ
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