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 いつもより早く目がぱかりと開いた。  あまりの寒さに潤は布団の中で丸くなりながら、カーテンの隙間から見える外がやけに明るいことに気付いた。  今何時だろうとスマホを手繰り寄せて見ると、時刻は六時半。  あと三十分は眠れるところだけれど、がばりと潤は起き上がった。  冬の寒さが身に染みるけれど、そんなことはお構いなしに窓辺へ行きカーテンを開ける。 「おお!」  そこはすっかり銀世界で、しっかり雪が積もっていた。  とりあえず寝間着のスウェットの上に寝る前に放り投げた大きめのカーディガンを着込んでバタバタと玄関へと向かって行く。  部屋に残されたスマホの画面には、雪の日マークの雪だるまが今日の天気を知らせていた。  素足で運動靴をひっかけると、庭へと急ぐ。  広い庭は一面真っ白で跡ひとつない、綺麗なものだ。  にんまりと笑うと、潤は思い切りよくその真っ白の雪原に飛び込んだ。  ばふんと柔らかい雪が体を受け止める。 「うひひ」  思わず楽しくなって手足を雪の上で大きく動かせば、クリオネのような形の跡が出来ていく。  次はガバリと起き上がり雪だるまを作ろうと雪に両手を突っ込んで、雪玉を作り始めた。  結局部屋にいない潤を探してやってきた祐介が雪でびっしょりと濡れた彼を見つけたのは三十分後だった。 「まったく、風邪引くぞ」  慌てて家の中へと引っ張っぱられていくと、着替えてくるように言われて制服に着替えた。  学ランは出かける前に羽織ろうと手に持って居間へと行けば、祐介愛用の青い半纏を着せられた。 「まったく、ほら温まれ。味噌汁にはショウガを入れたからな」 「おう」  半纏を着てこたつに入ると、手足がじんわりと熱くなっていく。  目の前にはほかほかの味噌汁を含めた朝食が並んでいる。  とりあえず祐介の言う通り温まろうと味噌汁を飲んでいれば、鼻が垂れてくるのを渡されたティッシュでぬぐった。  朝食を終えて、二人で後片付けをすると登校時間だ。  今日は終業式なので午前中しかない。  玄関に学ランを着込んだ潤が行くと、マフラーとコートを着た祐介が待っていた。  潤の軽装を見て、思わず眉根を寄せると。 「おわ、なんだよ」  問答無用で祐介のマフラーをぐるぐると巻かれた。 「風邪引くからつけていろ」  玄関を出ながらの言葉に、思わず潤は肩をすくめた。 「過保護な母親みてえ」 「潤が頓着なさすぎるだけだ」  祐介の後を追って家を出ると、二人はたくさんの足跡がついた雪道を歩きだした。 「まったくこんな時だけ元気なんだからな」 「いいじゃねーか別に」  弾むような足取りで進む潤に、転ぶぞと背後から小言が届く。 「今夜は鍋とかいいな」  ウキウキと振り返ると、なんだか何とも言えない顔で祐介が見返してきた。  それに何だろうと思っていると。 「潤は学校終わったら帰省だろ」 「あ」  言われて思い出した。  ちっとも顔を出さない息子に、両親が学校終了と同時の帰省を言ってきたのだ。  特に理由があって帰省しなかったわけではないが、結果的には放っておいたことになるので仕方なく頷いたのだと潤はすっかり忘れていた。 「ちゃんと帰省の準備したのか?」 「まだ……」  ぽつりと顔を逸らしながら答えれば、まったくもうと祐介が眉根を寄せる。 「お前も帰るわけ?」 「いや?俺は大晦日に帰って正月明けにはこっちに戻る。こき使われるのはごめんだ」 「え!」  残るだなんて聞いていないと驚きで潤は眉を上げた。 「お前ひとりになるじゃねーか」 「別にかまわないだろ。大掃除もしなきゃだしな」  特にどうってことのない態度に、潤はふつふつと面白くない気持ちが沸いてきた。  てっきり同じ期間、帰省するものだと思っていたのに。 「そういえば夏も帰省しなかったからな。春以来だ」  祐介の言葉に、そうかと思う。  春からずっと一緒で、離れるのは初めてだ。  むむむとなんだか面白くない気分になった。 「……俺も大晦日に帰る!」 「は?」  いきなりの宣言に、祐介が思わずまぬけな返事を返した。 「いや何言ってるんだ。ご両親が待ってるのに」 「じゃあお前も一緒に連れて帰る」 「はああ!」  突拍子もない勢いで出た言葉だったけれど、それは良い案だと潤はうんうん満足気に頷いた。 「いや、ちょっと待て潤」 「三が日過ぎたら俺も戻るから、そしたらお節作ろうぜ。いつも洋食だから憧れてたんだよな」  意気揚々とこれからのプランを口にする潤に慌てる祐介。  それに満足そうに潤の唇が弧を描いた。  祐介のいない時間なんてつまらない。  春までまったく知らない人間だったのに、こんなにもいい関係を築けるなんて思ってもみなかった。 「どうせなら一緒がいい」  にっと笑う潤に、これはもう何を言っても無駄だとわかったのだろう。  がっくりと項垂れた祐介に、潤は満足だった。  どうして離れたくない、一緒がいいと思ったのかに気付くのは、もう少し先の話。
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