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 まどろむようにとろとろと眠気をはらいながら朝山潤はしぱしぱと目を開けた。  秋に突入し、タオルケットでは肌寒く感じてごそごそとその中で丸くなる。  しかしどうにも目が覚めてきて、枕元にあったスマホへと手を伸ばした。  今日は日曜日だけれど、同居人が起こしに毎日来るから惰眠はむさぼれない。  スマホを見ると八時半だった。 「え!」  思わず食い入るようにスマホ画面を見てしまう。  毎日きっかり七時に起こされるのに、いつもの時間より一時間半もたっている。  驚きながらもタオルケットから這い出して、タンスの中から黒いシャツとジーンズを出す。  手早く着替えて洗面所に行き顔を洗っていると、はたと気づいた。  いつもなら美味しそうな朝食の匂いが漂ってくるのに、それがない。  若干早足で台所に向かうと、ガランとしていてもぬけの殻だった。  普段ならエプロンをつけた男が朝食を作りながら挨拶してくるはずなのに、だ。  珍しく寝坊だろうか。  けれどキッチリ自己管理をしている男なのに、今日は雪でも降るのではなかろうかと思わず脳裏をよぎってしまう。  とりあえず祐介の部屋へと行くと、もしかしたらまだ寝ているのだろうかと襖をそっと開けた。  そこには床に敷いてある布団の上にあぐらをかいて、のろのろと着替えようとしている同居人がいた。  その顔は頬が真っ赤で、目がとろんと潤んでいる。 「あ、潤」  ようやくという風に潤に気付いた祐介が顔を上げた。  その億劫そうな動きは、だれがどう見ても具合が悪いと思うだろう。 「悪い、今すぐ朝食作るから」 「いやいいよ、お前どっからどう見ても具合悪そうじゃねーか」 祐介に近づき額に手をやると、かなり体温が高い。 眉を思わずしかめた潤に、祐介は力なく笑った。 「季節の変わり目はいつも風邪を引くんだ。毎年のことだから気にするな。ほっといて大丈夫だ」  それより朝食の準備をとパジャマ代わりのスウェットの上を脱ごうとしたら。 「いや、今日は家事はいいから寝てろよ」 「いやでも潤の朝飯が……」  なおもしぶる祐介に、潤は胸を張ってみせた。  そのくらいどうにかなると。 いつも家事を請け負ってくれいいるのだ。 こんなときくらい役に立たねばと、潤はにこりと笑った。 その顔にほだされて、こくりと頷けば潤に気をつかわせてしまったことへの罪悪感で祐介は眉をへにょりと下げた。 「じゃあ大人しく寝てるけど、朝食は昨日の残りのご飯と味噌汁で朝食とって」  それからと更に何かいいつのろうとするのを遮って潤は立ち上がった。 「大丈夫だってば、高校生なんだから」 「それはそうだけど……」    生活力の低い潤を心配していた祐介だが、自信満々に本人は部屋を出て行った。 台所に戻ると、ご飯一杯分を冷凍庫から出してふと気づいた。 「俺よりあいつの飯を準備しなくちゃだろ」 うっかり祐介の指示通りにしようとしていたけれど、彼の薬やら何やらが必要だ。 そうと決まれば潤は自室に向かってスマホとサイフをジーンズにねじ込むと、意気揚々と出かけて行った。 ちなみに鍵をかけ忘れてだ。 まずは薬局で風邪薬の棚に来て、何がいいんだとたくさんの種類を見つめた。 潤自体は健康優良児でこういったものにお世話になったことがないのだ。 「別に咳もくしゃみもしてなかったから、解熱剤でいいよな」  テレビでよく宣伝している解熱剤を籠にいれた。 「あとは冷えピタもだよな」  棚を移動すれば、子供用と大人用がある。 「どう違うんだ?」  箱の説明書を見ても、違いがわからない。  とりあえず高校生なので大人の部類だろうと当たりをつけて、その箱を籠に入れる。 「あとは水分だけど……ポカリとアクエリって何が違うんだ?」  頭上に?マークを浮かべながら。 「両方買っときゃいいだろ」  大雑把に、そして量がいるだろうとペットボトルを二本ずつ籠に入れる。  一気に重くなった籠の中身を会計して、そのまま帰り道にスーパーへと寄った。 「とりあえずゼリーかプリンだよな。あいつどっちが好きだっけ?」  しばし悩んで両方買っておくかと籠に入れ。 「体温下げるならアイスだよな。あ、桃缶も買っていこう」  ポイポイとどんどん籠に入れて、最後には両手にずっしりとビニール袋を下げることになってしまった。  帰宅して玄関の鍵が開いていたことに首を傾げながらも、それらを持って祐介の部屋へと向かった。  そっと襖を開けて中に入ると、頬を赤くして目を閉じていた祐介がうっすらと目を覚ました。 「じゅん……」  熱のせいか、喋りづらそうに名前を呼ばれる。 「色々買って来た」  ガサガサと袋を持って祐介の寝ている布団の枕元に座ると、ポカリスエットとアクエリアスを合計四本置いて、冷えピタを取り出し不器用にフィルムを剥がして。 「ほら、でこ出せ」  言われて祐介がのろのろと前髪を上げると、ペタリとそれを貼りつけた。  斜めになってしまったのは御愛嬌だ。 「きもちい」 「そりゃよかった。あとプリンとゼリーとアイスと桃があるけど、何喰う?」  そんなに買って来たのかと祐介が苦笑して、今はいいと首を振った。 「じゃあ薬は?」 「昼になればマシになるだろうから、その時に潤の買ってきてくれたものと飲むよ。悪いが昼食はピザでも取ってくれ」 「そっか、わかった」  頷けば、うつるからと早々に立ち去るように促された。  ここにいても他にやれることもないので、後ろ髪を引かれながらも潤は祐介の自室から出て行った。  買って来た食べ物を冷蔵庫に入れて、とりあえず居間で宿題をしようと勉強道具を持ってきてせっせっと問題を解くけれど、何だか落ち着かない。  いつもなら向かい側に祐介が座っており、勉強をしているか料理本を見て何が食べたいと聞いてくる。  いつもかまってくる祐介がいないのが変な感じで、むうと思わず唇を尖らせた。  そこではたと気づく。  プリンやゼリーでは腹にたまらないのではないだろうかと。 「よし、祐介の昼飯はちゃんと作るか」  気合を入れて、スマホを手に台所へと向かった。  冷蔵庫にうどんの麺があり、冷凍庫には米がある。  スマホでレシピサイトを見れば、出汁の取り方から書いてあり、潤には難易度が高かった。  それに。 「おかゆのがいいのか?でもうちはくたくたに煮込んだうどんだったしな」  うーんと首をひねっていると、うどんの麺の下にうどん汁のパッケージ袋が置いてあるのが目に入る。 「これなら煮込むだけだろ」  よし、うどんにしようと早速それらを取り出して、うどん汁を小鍋に入れた。  続いて麺も入れる。  強火で火をつけると、他になにか入れるものはないかと戸棚などを漁る。 「お、わかめある」  袋に増えるわかめと書かれたものを取り出したところで、鍋が煮立って吹きこぼれた。 「おわ、やばっ」  慌てて火を止めると、わかめをひとつかみ入れる。  すると。 「え!うわっ」  ずももももとわかめが鍋いっぱいに広がった。  あっという間にうどんが見えなくなる。 「えぇー……」  あまりの光景だ。 「……まあ少ないよりいいよな」  食器棚からお椀を取り出して、うどんを箸で移そうとしたら、煮込みすぎてぶつぶつと切れてしまう。  仕方ないのでお玉でわかめごと移動させた。 「おっと、卵、卵」  冷凍庫から卵を取り出して、わかめの上にぐしゃりと割れば崩れた黄身と殻がわかめの上に広がった。 「うわ、失敗した」  慌てて箸で不器用に殻を拾い上げていく。  全部を拾い上げた頃にはすっかり冷めていたけれど、達成感でいっぱいの潤は気づかなかった。 「なんだ、オレだってやればできるじゃねーか」  うんうんと頷くと、意気揚々とうどんを持って祐介の部屋へと向かった。  部屋に入れば、祐介が気づいて目を開ける。 「昼飯だぞ。これ食べて薬飲め」 「潤が作ったのか?」  きょとんと横たわったまま訪ねてくる祐介に、潤は胸を張っておうと答えた。  お盆を枕元に置いて、起き上がろうとする祐介の背中を支えてやる。 「悪い」 「こんなときくらい頼れよ」  謝罪を口にする祐介に、思わず口を尖らせてしまった。  起き上がった祐介にお椀を渡すと。 「潤が料理出来るなんてな」 「料理っていうか温めただけだけどな。でもオレだって世話されるだけじゃないんだぜ」  胸を張って言えば、祐介が小さくそうかと笑う。 ぶつ切れで生卵とわかめにまみれたうどんを、うまいよと祐介は完食した。  それに満足したが、片付けは危ないから置いておくように言われてしまい少し不満だ。  強めに言われてしまったので、仕方ないとわかめだらけの鍋に蓋をしてとりあえず食器は水につけておいた。  自分はカップラーメンを食べたが、いつもの二人で食べる手作りの美味しさにはかなわなくて。 「はやく元気になれ」  二人で食事する方がいいとぶすくれた。  結局、本人の言った通りに翌日には祐介は全快した。  朝いつもの時間に起こされて、思わず満足気に笑みを浮かべてしまった潤だ。  余談だがわかめのみっちり詰まった鍋を見て、思わず祐介が遠い目をしたのは内緒だったりする。
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