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ざっ、ざっ、雪を蹴散らす音が近づく。
天藤さん!
呼ぶ声がする。
バスのステップに掛けていた足を降ろし、ワタシは振り向いた。
降る雪の中、コートを泥まみれにした麻緒くんが白い息を踊らせている。
乗車をやめた。乗り場を離れ、走ってきた人のもとへ行く。
屋根の外へ出ると雪がまといついた。
「だいじょうぶ? 何もされてない?」麻緒くんは恐るおそる訊く。
「うん、平気。何もなかったよ」
麻緒くんの顔からこわばりが取れた。「よかった」
いきなり抱きしめられた。
な……
──この人、予測できないことばかりする。
「あ、ごめん」自分の行為に驚いたように、彼は飛び退いた。「服、汚したかな」
──そっちかい。
「マフラー返さなきゃって」鞄を開けて赤いマフラーを取り出した。「ずっと持ってたんだ。返すタイミングがなくて」
「麻緒くん、屋上のこと、ごめんなさい。ワタシびっくりして中途半端になっちゃって。遅れたけど、返事、今してもいいかな」
麻緒くんの表情が固まる。続く言葉を待つ。
「ワタシで良ければ、クリスマス一緒にいてください」
寒さで白くなった顔が、ぱっと輝いた。「やったあ」拳を握ってガッツポーズした。
「うわぁ、すごく降ってきた」手にしたマフラーをワタシの頭にかけてくれる。
雪はどんどん勢いを増す。純白のカーテンになって周りを包む。
すべてがむこうへ押しやられ、世界は、麻緒くんとワタシの二人だけになる。
「ワタシの何がいいのかな」
「ぷくぷくして、やさしい」
ぷ、ぷくぷく…… ぷくぷくがホメ言葉とは知らなかった。
ぷくぷくをホメ言葉にする男がいるとは思わなかった。
「雪がせっせと降っている。二人を囲んで隠してくれる」
麻緒くんがワタシの詩をアレンジした。あの詩、読んでくれたんだ。覚えてくれたんだ。
汚れたコートを脱ぎ捨て、ワタシの腕をつかんだ。
ためらいがちに引き寄せられる。
ワタシはあごを上げる。ひょっとこにならないように、目を閉じる。
触れ合う寸前、唇と唇の間に、雪がひとひら迷い込んだ。
思い出に残るだろうファーストキッス――それは、氷菓のように清涼だった。
雪がせっせと降っている
わたしを囲んで隠してくれる
世界から 街から あなたから
白いベールのむこうから
あなたをじっと見つめてる
雪がしんしん歌ってる
世界の音を吸いつくす
悲しい声も 泣く声も
舞う歌声のむこうなら
あなたに何も届かない
雪よ降るのをやめないで
ほんとの世界を見るのがこわい
あなたの声も 行き先も
何も知らずに ここにいたい
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