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「で、月を落とす子って、誰?」  はじめて他人(ひと)に教える。その名前を外へ逃がしてやらないと、もう胸が張り裂けそうだ。  高校からの下り坂、冷たい空気の流れへ、名前をそっと放流した。 「ユキちゃん」  語の響きを歓迎するみたいに、粉雪がちらついた。  が、聞いた友人は見当がつかないでいる。 「雪子ちゃんだよ。天藤(あまとう) 雪子(ゆきこ)──」  辰則は茫然とした。 「アマユキ……なるほど、アマユキが月面着陸すれば、たしかに月は落ちてくる。体重で。……光治(こうじ)がデブ専だったとは」 「デブじゃないだろ。ぽちゃっとはしてるけど」 「それをデブと言うのだ。まあ、基準は人それぞれだが」 「あの子が好きじゃ、おかしいか?」ちょっと憤慨した。 「うむ。たしかにかわいい。目はドングリみたいにクリっとしてるし。ただなあ、あと7キロ、せめて5キロ減らしてほしい。問題はクビレだ。クビレさえ出れば爆乳アイドルに化けるかも」 「そーゆーんじゃないよ。爆乳とかどうでもいい。あの子は詩を書くんだ。それがすごくイイんだ。一年の時の文集、読まなかったか」 「読まない。ブンガクだめ。好きな子の書く詩だからイイと思うだけだろ」 「そうかな」  ボクは詩の一節をそらんじる。  雪がせっせと降っている  わたしを囲んで隠してくれる  世界から 街から あなたから   「隠れたいわなぁ」  茶化した辰則をシバいた。 「イテえな。冗談だよ。でもさ、アネゴはどうすんの?」  アネゴとは別クラスの金子 流美(るみ)。古い言葉だがスケバンだ。拳法を習得しており、痴漢を土下座させた武勇伝をもつ。その威光は他校にまで及ぶ。 「オレがなんで金子のこと考えるんだよ」 「アネゴって光治のこと好きじゃん。べたべたくっついてくるし。みんなそう言ってるゾ」辰則はニヤニヤする。「素直に受け入れろ。アネゴの美人度は学年一だ。それとも、尻に敷かれそうでイヤか?」  ため息が出る。そんなカンジはある。教師さえ威嚇する目が、ボクに向くときはトロンとユルむのだ。  くそっ。みんなそう思っているのか。 「もったいない。オレなら絶対アネゴだけど。まあ、アマユキとアネゴは正反対だしな。で、どうすんの。アマユキに告白(コク)るつもり?」  ボクは厳然とうなずく。「そこでキミの使命だが、愛のキューピッドとなるのだ」  辰則の目が点になった。
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