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ノーオタ
「いらない、いらない、いる、いらない、いらない…」
改めて荷物を広げると、六畳一間のわが家はいらないものが8割を占めていた。
おしゃれだと思って買ったルームライト、「natsune」と私の名前が書かれたボロボロのアクスタ、通販サイトで安く売られていた自動開閉式のゴミ箱。どれもこれも、いらないものばかりだ。
部屋が狭くて引越しを検討したことはあったけど、たとえ2倍の広さがあっても「いらない」で埋め尽くしたんだろう。
「これはなあ。いっそ捨ててもいいんだけどな」
パンパンに膨れ上がった「いらない」ものボックスをゴミ袋に移し終えて独りごちる。
「いる」ボックスに入った物は、段ボールに詰めればいいし、「いらない」ボックスに入った物はゴミ袋に捨ててしまえばいい。
問題は「保留」ボックスだ。
保留ボックスに入った四角い包みから目を逸らせずにいると、けたたましくアラームが鳴る。
もう、待ち合わせの時間だ。
下北沢のベーカー館地下2階、ライブハウスdreamで、当時のメンバー達と食事に行くことになっている。
ライブハウスといいつつ、凝り性なオーナーが直々に提供するカレーが絶品だ。
「夏音!5分も待ったわ!」
ライブハウスに到着すると遥と桐花が駆け寄ってくる。
「夏音はチキンカレー辛味スパイス増量とマンゴーラッシー、でいいよね?」
「さすが桐花、我らがリーダーは健在だね。」
3人分のラッシーが届き、小さく乾杯する。
私たちは3人組のアイドルユニット「ノーオータム」の元メンバーで、3ヶ月前に解散したばかりだ。
「もう500回ぐらい話したけどさ、ノーオータムって流石にないよね」遥がお馴染みの話題を振る。
「はるか、なつね、とうか。春夏冬はいるけど、秋がいないな。じゃあノーオータムで!飽きが来ないってね。ガーッハッハッハ」
事務所の社長に呼び出されて冗談みたいなグループ名を告げられた瞬間を昨日のように思い出せる。
「私はなんだかんだ気に入ってたけどなあ。なんか一捻りあっておしゃれじゃん」
「それは夏音が夏って入ってるからよ。遥もまだハルって音が入ってる分マシ。私なんて桐花のトウが冬の音読みってだけで冬役よ?あのハゲ親父、いつかすっぱ抜いてやる。」
この話題になると桐花のボルテージがグンと高まる。グループ解散後直ぐに就職し、週刊誌の記者になった桐花ならやりかねない。
「そういえば、引越し日は決まったの?手伝うよ、私大型の免許持ってるし。」
「明日引っ越すの。めっちゃ助かるけどもう業者手配してるから大丈夫。」
「そっか、これからはお母さんとうまくやってきなよ。」
なんてことない話をしながらカレーを平らげたころ、足早にオーナーが駆け寄ってくる。
「ノーオタのみんな、せっかくだし一曲やってかない?」
「やりません。」
3人口を揃えてピシャリと言い放つ。
私たちが18の時に結成してから4年、鳴かず飛ばずでがむしゃらに活動を続けてきた。
どんなに小さいハコでも、どんなに遠いハコでも、交通費が出なくたってステージに立てればそれでよかった。
「これじゃあノーオータムじゃなくて、ノーオタク、だねぇ。」
一年前、閑散とした客席を目にしながら社長が呟いたのを思い出す。
いつもなら腹が立つだけの社長の軽口だけれど、拳を握りしめて耐えるしかなかった。
ノーオータムの解散が告げられたのは、それからしばらく後の話だった。
「今日はありがとね。最後に2人に会えて本当によかった。」
遥と桐花に出会えて本当によかった。私たちの活動は無駄だったかもしれないけど、かけがえのない2人ができた。
「なんかトラブったらいつでも記事書くから、連絡してね。ほい、名刺。」
「私と桐花はまだ東京にいるから、寂しくなったらいつでも帰ってくるんだぞ!」
2人の温かい言葉を受け取ると同時に、ツンと涙の匂いがしてくる。
これからはアイドルじゃない。夢はもう終わったんだ。
家に帰って直ぐに保留ボックスに入れていた箱をゴミ袋に入れる。
「WINGs横アリ限定ペンライト」
不登校になっていた私を外の世界に連れ出してくれた私の原点。
いじめにあったわけでも、病を患ったわけでもない。それでも高校生の私はこの先何十年も生き続けることに無理を感じていた。
漠然とした不安に追い込まれ、日の光を浴びなくなったことに慣れてきた頃、WINGsで活動する従姉妹のお姉ちゃんが横浜アリーナに立つと聞いて母に連れられた。
「一曲も聴いたことないくせに。」
外に出るのが面倒なあまり、聞こえるように独りごちた。
かくいう私もアイドルに興味はなく、WINGsの曲はおろか、メンバー全員の名前を言うことすらできなかった。
それでも、彼女達は私の心を揺さぶった。
「あなたは1人じゃない。10人敵がいたら100人味方がいることを忘れないで。」
WINGsの代表曲の歌詞が私の心を掴んで離さなかった。幕が降りてもしばらくは放心状態で、とめどなく涙が溢れた。
「私、アイドルになる。」
帰りの車で母に伝えると母は単純ね、と笑っていた。冗談だと思ったんだろう。
1ヶ月後、高校を中退し、これからは東京で事務所に所属することを伝えたら鬼の形相で怒られた。退学届の保護者印を押した父親は、もっと怒られていた。
それでも、夢を目指したかった。
「あーあ、だっさいなぁ。結局失敗して実家に戻るなんて。」
これまでの数年間が脳内をめぐり、じんわりと涙が滲む。
「いる」ボックスの物を詰めた段ボールに封をして、ゴミ袋に入ったペンライトを眺める。
憧れは、呪いだ。
この4年間が無駄だった、と言われたら何も否定できない。
出来上がったのは高校中退、スキル無しのアイドル崩れだ。
翌朝、業者に段ボールを引き渡し、新幹線に乗る。
東京、大宮、高崎、軽井沢と進むに連れて銀色の建物は減り、緑が増える。
こっちの方が身の丈にあってるかも、なんて思いながら長野駅で下車する。
長野駅から自宅まで徒歩20分。物理的な距離以外の負担が足に重くのしかかり、35分かけて実家に到着する。
冷たくあしらわれることを覚悟してインターホンを鳴らす。
はーい、と気の抜けた返事をしながら小走りで母が歩み寄ってきて扉を開ける。
逃げるようにして飛び出した実家。
着信拒否していた母の連絡先。
無駄にした4年間。
それでも母は笑顔で迎えてくれた。
蒲田の薄暗いライブステージで、ノーオータムの初めてのステージを応援しにきてくれた時と同じ笑顔で。
玄関には、いらないに入れたはずのアクスタが綺麗に並べられていた。
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