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――思い出したらますますイライラしてきた!
繁華街を、やや地面を踏み鳴らすように速足で歩いて行く。
――あのクソボケだけじゃないわ。お義母さんだってそうよ、私のことばっかり非難して!あんたの息子の教育が下手だからこんなことになってるんでしょうが、ほんと親馬鹿!マザコン!!
義母も、なんなら実の母さえ私を悪者扱いする。まったくもって忌々しい。
自分達がもうすぐ離婚するだろうことは、周囲も薄々気づいている様子だった。私もとっくに、あのムカつくだけの夫には愛想が尽きているからそれはいい。問題は、離婚したあとの親権である。
夫婦が離婚するとなると、親権をどちらが揉めるかで裁判になることが多い。正直、あんな出来損ないの息子なんかどうなっても構わなかったが、かといって母親の私が親権を取らなかったら周囲に何を言われるかわかったものではなかった。なんせ、離婚したら子供を引き取る権利は母親が持つことが多いのだ。私に非があったからでは、なんて噂されたらたまったものではない。
――あーあーあーあめんどくさっ!全部あいつらが悪いのよ!!あーあーあーあーあー!!誰がお腹を痛めて産んでやったと思ってんだか!!いっつも私ばっかり損をする、ありえない!!
とにかく喚き散らしたい気分だった。時刻は夜九時半を過ぎてる。息子は腹を空かせてまっているだろうが、こんなにムカついているのはあいつのせいなのだ。一晩くらい食べなくたって死なないだろう。今日は憂さ晴らしもかねて放置してやろうと決めていた。
なんなら適当な男と一晩ホテルに泊まってもいい。なんせ私は大学で、元“ミス・八ヶ谷大”の称号を取ったこともある女だ。見た目には自信がある。夫と結婚してからも、ちょいちょい男をつまみ食いできていたのだ。今夜も、適当なところで待っていればいくらでも若くて金のある男が釣れるだろう。
――ええっと、いつもの広場はこっちだっけ。
適当に歩きスマホをしながら道を曲がろうとした、その時である。
どんっ、と誰かが正面からぶつかってきて、私は尻餅をついてしまった。悲鳴と同時に、スマートフォンが転がり落ちて地面を滑っていく。
「あたたたたたたっ……!ちょっと、何すんのよ!」
相手の顔を見る前に抗議していた。派手に打ち付けたお尻がいたいし、右手も変な風に突いたのかじんじんと痺れてたまらなかった。
顔を上げた瞬間、ぎょっとすることになる。ぬうう、と目の前に墜ちてくる大きな影。――思った以上の、大男であるような。
「おばさんさあ」
顔は見えない。ただ低い声が聞こえた。
「歩きスマホは、危ないですよお」
そこで。
ぶつん、とスイッチでも切るように、私の意識は暗転していたのである。
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