断層の麗人

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断層の麗人

 ある晩、敷布団よりも畳よりも下のほうから、自分の体を震わせるような振動が伝わってきた。小刻みな揺れで目を覚ましてしまい、結局、朝まで寝つけなかった。  翌日も寝ていると、地中深くからブルブルと振動が伝わってきた。精神を研ぎ澄ませて感じてみると、その振動は何回も襲ってきていた。その上、自分に近づいてくるように、遠くからやって来ていることも感じられた。  その次の日も、また次の日も、振動は絶えることなくやってきていた。そして、振動だけではなく音も聞こえるようになった。岩が砕けるような、土地が裂けるような、ゴゴゴゴゴゴゴ…という不気味な音である。  数日たつと、振動はたいして気にならなくなり、あぁまたか…と思うだけで再び眠りに落ちてしまうようになった。振動は細かい日も、大きい日もあり、音は近い日も遠い日もあった。  そしてなぜか、同じ夢を続けて見るようになった。我が家の庭のモミジの木に雷が落ちて燃える夢である。1回目から何回かは小さな炎が上がったので消し止める夢だった。やがて青い炎が上がって水をかける夢に変わった。これには胸騒ぎを覚えた。  その日、11歳の時から8年ほど学習指導を続けている教え子に会った。教え子に、ここ最近の振動と音と夢の話をし 「何かあるかも」 と言った。教え子は真顔で聞き返してきた。 「何かって、先生?!」 「うーん、人間の力が及ばないような何か…」 「地震とか?!」 「かなぁー?気をつけたほうがいいと思う」 「わかった!」  この会話をした3日後、ついに真っ赤な炎が天まで燃え上がりモミジの木が焼け落ちてしまう夢になった。 「来たわよ…」 落ち着いたアルトでビオラのような深みのある美声が、自分に話しかけてくる。答えようとしたが、声は出なかった。すると突然、大洪水に襲われ、家ごと流されてしまった。家はバラバラになり、ひとつの部屋が箱舟のように洪水に浮かんで流された。下流に行くにつれ濁流は幅を広げ、水にのまれてひしゃげた橋に自分の部屋が引っかかった。部屋は水とともに橋を滑り降り、陸に着地して止まった。  恐ろしさに、目を覚ました。6時だった。そして、なんとなく、連絡できなくなるな…と思い、すぐ教え子に次回の授業時間の変更メッセージを送信した。  普段通り朝食をとっていた。コーヒーを淹れ、サラダを食べていた。父の日の翌日のため、ラジオからエアロスミス「デュード」が流れていた。 「ダダ!ダダ!デュード ライク レイディー!」 と口ずさみながら、体を揺らしてノリノリのモーニングタイムだった。  7時58分、突然下から突き上げるような揺れが襲ってきた。咄嗟にコーヒーのフラスコを人差し指で押さえ、電気の傘を見上げた。ラジオは曲を中断しニュース速報になった。 「当たっちゃった…」 ここは震度5強の揺れだった。被害はなかったので、そのまま食事を済ませ、食器を片付けようと立ち上がった。すると、自分の足が震えて思うように歩けなくなっていた。  地震が起きたことが恐ろしいのではなく、自分が予知してしまったことが恐ろしかった。それ以降、雷と炎の夢を見るたびに、地震に備えるようにしている。なにしろ、この家は断層の上にあるのだ。あの振動と音は、遠くで起きている地震が、断層を伝わって来ているに違いなかった。2018年6月18日7時58分ごろ大阪北部地震発生。その後も、近くで起きた小規模な地震も、北海道や九州や北陸や台湾で起きた大地震も、速報よりも早く断層に知らせてもらっている。
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