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そのあとには、他のレファレンスもなくて。
国内の数値を取り終えてから、訊かれてはないけど、ザッとICD-10での国際統計まであたりをつけたところで、カウンター交代の時間になった。
「もう今日は来ないかもだけど」
なんて呟きと共に、交代者に調査結果を引き継いで事務室に引き上げる。
自席に戻って、マグカップにコーヒーを注ぎ入れて、やっと一服。
ふと、隣の若手が手持無沙汰そうにも見えたから、ちょっぴり世間話をしてみる気になった。
「さっきさ、カウンターで日本の凍死者の数値を訊かれてね」
まだ配属2年目の彼女は、わたしがとうの昔に無くしてしまった「気力」とか「ヤル気」とか「向上心」とか「好奇心」といったものを、ふんだんに持ち合わせている。そして何より、超絶に優秀な人物だった。
司書としては珍しく、理系の院卒。生物系のマニアックな研究をしていたらしく、わたしが「ちんぷんかんぷん」な高分子化学系の知識やらデータ分析やらの素養も持ち合わせていて、ホント、なにかと頭が上がらない。
その上、コミュ力も高くて利用者受けもいいときた日には……。
すごいよ、若者。
「日本の未来」ってホント安泰……って思いつつも、一方で。
こんな優秀な人が、なんでこんな区立図書館で司書なんかやってんのよ? という違和感も、もちろんある。勿体なさ過ぎというか。
というか、昨今の図書館の若手はホント、優秀かつ高学歴すぎでさ。
こんなに出来がよければ、海外にでも行って活躍すれば、すぐ世界征服とかできるんじゃないの? なんて。
オバちゃんは思っちゃうよね……。
彼女と、調査のおおよその答え合わせをしてみる。
わたしの調べものの結果も、そうそう的外れではなかったようで、ホッと一息ついていると、若手が不意にこう呟いた。
「凍死って……結構、多いんですよね、実は」
「?」
「あ、関東とかじゃそんなことないでしょうけど」
うん、そうそう。
この若手、学部まではたしか、北大だっけか。
「北海道って、凍死するほど寒いの?」
と尋ねてみる。
わたし、実はまだ北海道って一回も行ったことないんだよね、なんてうそぶきながら。
「まあ、寒いですけど」と、眼鏡をのブリッジを軽く押し上げ、宇治茶を啜って彼女が続ける。
「飲んで道で寝ちゃっての凍死がね。メチャクチャ多いんですよ」
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