白コートにうってつけの日

2/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 そのあとには、他のレファレンス(調べもの相談)もなくて。  国内の数値を取り終えてから、訊かれてはないけど、ザッとICD-10での国際統計まであたりをつけたところで、カウンター交代の時間になった。 「もう今日は来ないかもだけど」  なんて呟きと共に、交代者に調査結果を引き継いで事務室に引き上げる。  自席に戻って、マグカップにコーヒーを注ぎ入れて、やっと一服。  ふと、隣の若手が手持無沙汰そうにも見えたから、ちょっぴり世間話をしてみる気になった。 「さっきさ、カウンターで日本の凍死者の数値を訊かれてね」  まだ配属2年目の彼女は、わたしがとうの昔に無くしてしまった「気力」とか「ヤル気」とか「向上心」とか「好奇心」といったものを、ふんだんに持ち合わせている。そして何より、超絶に優秀な人物だった。  司書としては珍しく、理系の院卒。生物系のマニアックな研究をしていたらしく、わたしが「ちんぷんかんぷん」な高分子化学系の知識やらデータ分析やらの素養も持ち合わせていて、ホント、なにかと頭が上がらない。  その上、コミュ力も高くて利用者受けもいいときた日には……。  すごいよ、若者。  「日本の未来」ってホント安泰……って思いつつも、一方で。  こんな優秀な人が、なんでこんな区立図書館で司書なんかやってんのよ? という違和感も、もちろんある。勿体なさ過ぎというか。  というか、昨今の図書館の若手はホント、優秀かつ高学歴すぎでさ。  こんなに出来がよければ、海外にでも行って活躍すれば、すぐ世界征服とかできるんじゃないの? なんて。  オバちゃんは思っちゃうよね……。  彼女と、調査のおおよその答え合わせをしてみる。  わたしの調べものの結果も、そうそう的外れではなかったようで、ホッと一息ついていると、若手が不意にこう呟いた。 「凍死って……結構、多いんですよね、実は」 「?」 「あ、関東とかじゃそんなことないでしょうけど」  うん、そうそう。  この若手、学部まではたしか、北大だっけか。 「北海道って、凍死するほど寒いの?」  と尋ねてみる。  わたし、実はまだ北海道って一回も行ったことないんだよね、なんてうそぶきながら。 「まあ、寒いですけど」と、眼鏡をのブリッジを軽く押し上げ、宇治茶を啜って彼女が続ける。 「飲んで道で寝ちゃっての凍死がね。メチャクチャ多いんですよ」 *
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!