白コートにうってつけの日

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 女の一人旅なんて、いまどきそう珍しくもないし。  こっちも「それなりの年齢」だ。  ひとり居酒屋に座っていたって、そうそう奇異の目で見られるものでもなくて。  店員に目を付けられない程度の、ソツない飲み方でサラリと過ごす夜。  二件目も、ほどほどの頃合いでスッと立ち去る。  繁華街からは少し離れた店をワザと選んだ。  もちろん、出発前に入念に立てたスケジュールだ。  店の定休日や立地。  周囲の状況はGoogleマップでしっかりと確認して。  地元のネット掲示板や商工会議所のサイトもチェック。    だから――  多分間違いない。  飲み過ぎた様子もない。ただの一人旅。    本当に、不運な「不慮の事故」だと。  そう思われるように。 * 「ご馳走様。おいしかったです」 「ありがとうござっした。寒いですから、足元、お気をつけてっ」  気持ちのいい店員の声に見送られる。    店を出て、わたしはゆっくり歩き出した。  もう少し行けば、公園がある。  雪がちらついている。足跡は消えるだろう。  ふわりとした酔いが丁度いい。  飲み過ぎで気分が悪いほどでもなく、正気が勝っていることもなく。  漂う感じの上機嫌。  ほんのりとした眠気。  街灯と木々のうまい影を見つけて。  白い雪の上にパフリとうつ伏せに倒れ込んだ。  寒くはない。  むしろホカホカと温かい。  大丈夫かな……。  わたし、心肺機能だけは強いしなぁ。  ああ、若い頃に水泳とかやっとくんじゃなかったわ。    酩酊して居眠りすれば、ほんの数十分でも死ねるって。  北海道で割とよくある「事故」。  誰も勘ぐらない。  寒さに慣れない観光客ならなおのこと。なんならヒートショックで倒れたと思われる可能性も大きいだろう。  「自殺」じゃ生命保険が怪しくなる。  せっかく掛けた保険だ。  できれば親に残してやりたい。夫をとうに亡くしてしまった母親に。  そりゃ、娘が死んだ哀しさは相当だろうなって……思うけど、でも。  ある程度まとまったお金っていうのは、なんだかんだ。  多少の哀しみを癒してくれるものだから。  団信は大丈夫。自殺ですらローン後1年でOKだ。  だから、あの小さなマンション、売ってもらえばいくらかにはなる。  退職金も多少は出る年齢だ。  あれこれ全部あわせれば、そこそこのいい老人ホームに入ってもらえるくらいのお金にはなるだろうし。  動いちゃダメだな。  「眠って死んだ」と思われるために。メガネもかけたまま。  コートのボタンはさりげなく外して、できるだけ雪に身体を触れさせて、一気に体温を下げ、血管を収縮させて。  飛び降りや首つりなんかは。  あきらかに自殺ってなっちゃうし、失敗のリスクも高すぎるから踏み切れなかった。命助かっても、植物状態とか半身不随の後遺症とか?   それこそ「死んだ方がマシ」。  ああ、いいキモチ。  こんな死に方があったんだ。  どうでもいい人生しか歩めなかったけどさ。  なんだかんだ、ちゃんとパーフェクトな幕引きまでたどり着けたのかな……。 *
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