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――なにをバカな。  と、おれは笑った。冗談もたいがいにしてくれ、と、憂紀(ゆき)をたしなめた。  おれたちは、相談室で、テーブルをはさんで向かいあっていた。  相談室というのは、生徒指導やカウンセリングに使う部屋だ。だから、本来なら、担任の教師や、スクールカウンセラーがこの場にいるのがふさわしい。ただ、憂紀から、「ご相談したいことがあるんです」と言われたから、おれが使うことにしただけだった。 ――冗談なんかじゃ、ないですよ? これ、見てください。  憂紀はそう言って、スマホをおれのほうへ差し出した。学校内で授業中にスマホを使うのは禁止されているが、もう放課後だからかまわない。  スマホの画面には、写真が表示されていた。 ――うっ。  その写真を見て、おれはうなった。全身がこわばるのを感じた。  車が写っていた。おれの持っている国産のコンパクトカーだ。原っぱに停められている。背後には竹林が迫っており、日暮れどきで、あたりは薄暗い。  写真は遠間から車の側面をとらえている。車の外、後方の陰のほうに立つ、ふたつの人影があった。  憂紀がスマホの画面をスワイプして、二枚めの写真を表示した。一枚めと同じアングルで、クローズアップした写真だった。  まわりは薄暗いが、今度は判別がつくくらい、はっきりと写っていた。  人影のひとつは、おれ。  もうひとつは、制服を着た、女子高生らしき人。  らしき、というのは、その人の頭が隠れているから、服装からそのように判断するしかない、ということだ。  こういうことだ。  おれのほうは、上半身が裸で、高くそらした胸が横一文字に裂け、上下に大きく開いている。  口だ。  大きな口が開いて、傍らに立つ少女を、頭から食っているのだ。  憂紀がスマホの画面をまたスワイプして、三枚めの写真を表示した。  おれが少女を食っている様子が、二枚めよりさらに大きく、はっきりと写っていた。  おれの胸の口には、大きな牙のような歯が並んでいる。女子高生の頭部は歯の内側に入り込み、歯の外に、ブレザーを着た首から下だけのマネキン人形がぶらさがっているように見えた。 ――ははは。  椅子の背もたれに背をあずけ、おれは笑った。 ――いやあ、おもしろいなあ。AIを使うと、こんなフェイク写真を作れるんだ。 ――フェイク? ――ああ、フェイクさ。作り物としか言えないだろ?  おれがそう言うと、憂紀はニヤリと笑った。 ――フェイク、って言うなら、じゃあこれ、SNSにアップしようかな。 ――おいおい、やめてくれよ。 ――だって、フェイクなら、かまわないじゃないですか。なんなら、『こんな面白いフェイク写真ができました』って、ことわり書きつきで、アップしてもいいですよ? ――ふざけるんじゃない。世間に誤解を受けるだろ。  もちろん、それは「誤解」などではないのだが。  結局、憂紀はおれの部屋に来ることになった。彼女がそう望んだからだ。  憂紀は学校を出ると、いったん別の場所まで歩いていった。おれは車で迎えにいって、彼女を乗せた。  今年初めてふる雪が、フロントガラスにぽつぽつとしがみついた。少しずつ白く染まっていく町なかをぬけ、おれのアパートにもどった。  そして、自分の部屋で、おれは憂紀の首を締めたのだった。
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