1話 新生活の始まり

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 夕方の帰宅を促す童謡がスピーカーから街に流れたころ、僕はまた部屋を出ることにした。引っ越してきた初日に、引っ越し蕎麦ならぬご挨拶用のギフト洗剤を用意して各部屋に伺ったのだが、大家さん以外とは会うことができずに渡せなかった。なので今日も改めて挨拶に伺うためにそれぞれの部屋へと向かったのだが、残念ながら今回も空振りに終わった。このご時世だから呼び鈴が鳴ったとしても出ないものなのかもしれない。日を改めても無理だったので直接渡すことは諦めて、大家さんに事情を伝えて機会があれば渡しておいてもらえるようお願いすることにした。  このアパートは今時珍しい、家賃を大家さんに手渡しするシステムになっている。契約時にお会いした大家さんは年配のご夫婦で、ニコニコと笑顔の柔らかい方達だった。その時の印象通りに、初めての一人暮らしの僕を気にかけてくれて、ことある毎に話しかけてくれる。 「私たちはお話するのが好きなだけよ」  だから店子さんとも顔を合わせられるように手渡しなの、と笑って仰っていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加