2. ジョッキ一気の刑

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2. ジョッキ一気の刑

 その後彼女とは廊下ですれ違う時に会釈をする関係が続いた。彼女はニコッと笑って会釈をしてくるが、特に話すこともなく、ただ、彼女の可愛い子リスのような笑顔を見るだけの時間が過ぎていく。  ある日、同僚の晴馬(はるま)と話をしながら歩いていると、向こうから彼女がやってきた。いつものように軽く会釈し、通り過ぎる――――。 「何? お前陽葵(ひまり)ちゃんとイイ関係なの? ははっ、隅に置けんねぇ」  晴馬はニヤニヤしながらひじで小突いてくる。 「ち、違うよ! 陽葵ちゃんって言うの? 名前だって今初めて知ったんだから」 「ほーん……。お前、ああいう小動物系がタイプか? くふふふ」 「タ、タイプとかじゃ全然ないから!」  健斗は晴馬のいじりにウンザリしながら吐き捨てるように言った。 「……。お前さ、言っとくけど彼女人気だからな?」 「えへっ? 彼女が?」  キラキラした色気を匂わせる娘の方が人気なのに違いない、と思っていた健斗はつい、声が裏返ってしまう。 「そりゃそうさ。いつもニコニコ、ほんわかで包容力あるなんて今どき珍しいぞ」 「な、なるほど……。ああいう素朴な温かさは魅力では……あるよな」 「よーし! この俺様が一肌脱いでやるか!」  晴馬は面白いおもちゃを見つけたようにニヤッと笑うと腕をまくり上げ、ググっと筋肉を見せつけてくる。 「ちょ、ちょっと止めてよ! 社内恋愛は禁止じゃないか!」 「お前……、ホント馬鹿だな……。若い男女が毎日毎日こんな狭いところに詰め込まれて、関係ができないわけないだろ?」  晴馬は肩をすくめ、バカにしたような目で健斗をにらむ。 「えっ……?」 「社内なんかカップルだらけだぞ? 知らんのはお前くらいだ」 「て、事は……」 「おう、俺も今二人と付き合ってんだ。くふふふ」 「ふ、二人!?」 「誰にも言うなよ? うっしっし」  健斗は唖然としてただ首を振るばかりだった。みんなまじめに仕事をしているのだとばかり思っていたが、実はみんな裏ではよろしくやってたのだ。  オフィスを見回し、健斗は社員たちの顔をまじまじと眺めてみる。この人たちが裏では秘かに誰かとつながっている……。そんなこと今まで考えたこともなかった。今まで自分は何を見て生きてきたのだろう? 毎日目の前の仕事ばかりに没頭し、周りの人たちが何を考えているかだなんて気にしたこともない。自分の人生が行き詰っているのはもしかしたらそういう不器用な生き方をしているからではないだろうか? 健斗は自分の生き方に自信を無くし、ふぅと深いため息をついた。       ◇  会社の懇親会の日がやってきた――――。  仕事を終えた同僚が次々と居酒屋へ集まってくる。  陽葵(ひまり)も来ると晴馬から聞いていた健斗は、どこかフワフワしてしまう心に困惑していた。初恋の娘と単に雰囲気が似ているだけであり、恋愛感情も無ければ自分とは何の関係もないのだ、と思いつつも入ってくる人についつい目をやってしまう。  やがて、低い背でチョコチョコと動く彼女が、目がクリクリっとさせながら彼女が入ってくる。人気者の彼女はみんなに声を掛けられながらにこやかに微笑んだ。  健斗は、口をキュッと結ぶと視線を外す。彼女が来たからどうだというのか? 健斗は落ち着かない心を持て余した。 「あー、陽葵ちゃん、キミはここな!」  晴馬が気を利かして陽葵を健斗の前の席に引っ張ってくる。 「え? 私、ここ……ですか?」  戸惑う陽葵だったが、健斗を見つけるとニコッと笑顔を見せて静かに席に着いた。  あまりに露骨な晴馬に健斗は眉をひそめたが、晴馬はドヤ顔でウインクを送ってくる。 「今日はよろしくお願いします」  陽葵はまるでお見合いのように頭を下げた。  健斗は何がヨロシクなのかよく分からなかったが、 「まぁ、た、楽しく飲みましょう」  と、言いながら、落ち着きのない感じで視線を泳がせた。        ◇ 「あれ? 先輩、『金、金、金!』じゃないんですか? きゃははは!」  すっかり出来上がった陽葵は楽しそうに健斗をからかってくる。 「あのなー、そういうこと言ってると幸せ逃げるぞ!」 「ふふーん、あたしは幸せの首根っこキュッ! ってつかんでるから大丈夫なんデース!」  そう言いながら陽葵は、唐揚げのレモンを思いっきりつぶして汁を振りまいた。 「あっ! 何すんだよ! ギルティ!!」 「あたし、唐揚げはレモン派なんデース!」 「社会人としてホウレンソウは基本だぞ! なぜ相談しない……あぁぁぁぁ!」  注意しても全然聞かず。陽葵は二つ目のレモンも絞り始める。 「ふふーん、仕事のできる大人はレモンくらいで騒がないんだゾ!」  子リスのような笑顔で楽しそうに健斗を煽ってくる陽葵。 「えー! 仕事のできる大人に向かってなんてことを!」 「おやおや、お二人さん、痴話ゲンカかい?」  晴馬はジョッキ片手にニヤニヤしながらやってくる。 「晴馬さん、聞いてくださいよー! この人唐揚げにレモンかけただけで『ホウレンソウ!』とか目くじら立ててくるんですよ?」 「何言ってんだよ! 唐揚げというのは……」  健斗が反論しようとした時、晴馬はカンカン! とジョッキで机を叩く。 「ギルティ! 健斗はジョッキ一気の刑に処す! カンパーイ!!」  そう言って健斗のジョッキにカン! とジョッキを合わすと、自分も一気し始めた。 「マ、マジかよ……」 「一気の刑ですよ? センパイ? くふふふ……」  そう言いながら陽葵も一気し始める。  二人に一気されるともう飲まざるを得ない。健斗も目をギュッとつぶってジョッキを呷った。
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