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アパートに着くと、ジャケットだけをなんとか脱ぎ捨て、ベッドにダイブする。 目を閉じれば、純白のドレスに身を包み幸福そうに微笑む祥子の姿が浮かんできた。 携帯を手にすると、母からのメッセージが届いていた。 【わかりました。二次会に行ったの? 飲み過ぎないうちに帰りなさいよ】 それだけを確認してぼすっと携帯を枕の下に入れれば、ふたたびメッセージの到着を知らせるバイブが鳴った。 【恵美ちゃんから写真もらいました】 見なきゃよかった、と思ったときには遅かった。携帯画面を伏せる前に送られてきた1件の写真。 ドレス姿の祥子と恵美さんたち家族。そしてタキシードを着て微笑む結城とその家族。 俺の「いつか」はもう一生、来なくなってしまった。 どこか現実的でなかったその事実が痛烈に俺に迫ってきて、柄にもなく涙がせりあがるのに気づいた。 ――いつか、準備ができたら。 ――彼女にふさわしい男になったら。 ――周りに馬鹿にされない自分になったら。 そんなふうに言い訳して、俺はずっと逃げてきていた。 ――別に俺は、祥子のことなんて好きじゃなかった。 心の中でたくさんの問答が浮かんでは消える。 ――いや。 『気づかないってことにすれば、なかったことになるもんな』 椎葉の一言がすべてだった。 どうしようもなく、俺は祥子が好きだった。 彼女と一緒にいる未来がほしかった。 だけと全部言い訳して、うまくいかなかった未来を、傷つく未来を怖がって、彼女と結ばれる未来すら手放したのだ。 彼女と結ばれる、その“いつか”がやってくることを、ただ胡坐をかいて待っていたのだ。 仰向けに寝転がり、腕を目の上にあてて、溢れてくる涙をただこらえる。いまさら後悔したって遅い。だけどしばらくは。今だけは、すべてを受け止めなければ前に進めない。 時計の針の音だけが響く部屋の中で、しばらくの時間、ただ俺は自分の気持ちが落ち着くのを待っていた。 そしてふたたび上体を起こし、すっかり暗くなった部屋の電気をつける。 雑誌やらなんやらが積まれた一人用の小さなテーブルを前に、それらをざっと左右に片づけ小さな置き場を作ると、ガサガサと、今日もらってきた引き出物の中からバームクーヘンを取り出す。 テーブルの前にどかっと腰を下ろし、その包装紙やフィルムを剥がして目の前に置くと、大きすぎるそれにかぶりついた。 もぐもぐと噛み締め、飲み込む。 ただひたすらにそれを繰り返し、半分ほど食べたところで、枕の下から携帯を取り出す。 そして、【篠田祥子】のメッセージルームをタップする。 【おめでとう。お幸せに】 それだけ打って、携帯画面を下にしてテーブルに置くと、俺はふたたびバームクーヘンにかじりついた。 (完)
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